気候変動予測技術

 気候変動予測とは、コンピュータモデル等を用いて温暖化をはじめとする地球規模の気候変動を予測することをいう。地球温暖化が環境問題の最大の課題となる中で、中長期的な気候変動を高精度で予測することは極めて重要な課題となってきている。そのため各国でスーパーコンピュータ等を用いた高精度の予測の研究が進められている。
 海洋研究開発機構では、「地球シミュレータ」と呼ばれる最高性能のスーパーコンピュータを用いて、気象や大気、地球科学等に関する高度なシミュレーション、科学技術計算を行っている。地球シミュレータは、ベクトル型演算方式を基本とする高度な並列計算が可能であり、運用開始時点(平成14年3月)で世界最大の規模と能力を有していた。
 下図の例は、東京大学気候システム研究センター(CCSR)、国立環境研究所、海洋研究開発機構地球環境フロンティア研究センター(FRCGC)の合同研究チームが、地球シミュレータを用いて、2100年までの地球温暖化の見通し計算を行った結果である。これによれば、2100年までの日本の夏の気候は、平均気温、降水量とも増加するほか、真夏日の日数、豪雨の頻度とも温暖化が進むにつれて増加することが示唆される結果が得られた。また、国立環境研究所が開発したAIMモデル(Asia-Pacific Integrated Model, アジア太平洋地域統合評価モデル)では、気候変動予測を踏まえて、炭素税などの経済的手法がどのような社会経済的影響を与えるかをシミュレーションしている。地球温暖化対策が緊急課題となる中で、このようなシミュレーション技術は、今後の温暖化対策のあり方を考える上でますますその重要性を増して来ている。

地球シミュレータによる2100年までの世界の年平均気温上昇の分布

地球シミュレータによる2100年までの世界の年平均気温上昇の分布
出典:環境省「地球シミュレータによる最新の地球温暖化予測計算が完了
-温暖化により日本の猛暑と豪雨は増加-」(PDF)
http://www.env.go.jp/earth/earthsimulator/01.pdf

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1.背景

 地球温暖化、オゾン層破壊、砂漠化、海洋汚染、酸性雨など、地球規模もしくは広域規模での環境問題が深刻化する中で、地球環境の中長期的な状態を精度良く予測する必要性が高まっている。特に、地球温暖化対策が地球規模での緊急課題となる中で、今後の気候変動の状況を予測することは、温暖化防止対策の立案と温暖化への適応策を考える上で重要である。

1)IPCC第4次評価報告書の温暖化に対する見解

 2007年には、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第4次評価報告書が発表された。この報告書では、「20世紀半ば以降の世界平均気温の上昇は、その大部分が、人間活動による温室効果ガスの増加によってもたらされた可能性が非常に高い(very likely)」と結論づけた。さらに、現在の削減政策を継続した場合でも、世界の温室効果ガス排出量は今後20~30年増加し続けること、温室効果ガスが現在と同程度、あるいはそれ以上の割合で増加し続けると、21世紀にはさらなる温暖化がもたらされ、世界の気候システムに多くの変化が引き起こされること、その規模は20世紀に観測されたものよりも大きくなる可能性が非常に高いこと、などの予測結果が公表された。

2)IPCC第4次評価報告書のシナリオ別温暖化予測

 同報告書では、将来予測の前提として、表1に掲げるA1~B2までの複数のシナリオを設定している。A1は、世界中がさらに経済成長し、教育や技術等に大きな革新が生じるとのシナリオで、化石エネルギーへの依存度によってA1FIからA1Bまで3種類の細分化されたシナリオが設定されている。これ以外のシナリオとしては、世界の各地域が固有の文化を重んじ、国際貿易や技術移転等が制限されることで、経済成長が低く環境への関心も相対的に低い「多元化社会シナリオ」(A2)、環境の保全と経済の発展を地球規模で両立する持続的発展型社会シナリオ(B1)などが設定されている。いずれのシナリオでも、今後20年間に10年当たり0.2℃の割合で気温が上昇すると予測している(図1)。
 一方、報告書は、既存技術及び今後数十年で実用化される技術により温室効果ガス濃度の安定化は可能であり、今後20~30年間の緩和努力と投資が鍵となるとして、各国に早急な対応を求めている。

表1 IPCCの予測シナリオ
大分類小分類
A1 「高成長型社会シナリオ」
  • 世界中がさらに経済成長し、教育、技術等に大きな革新が生じる。
A1FI :化石エネルギー源を重視
A1T :非化石エネルギー源を重視
(新エネルギーの大幅な技術革新)
A1B :各エネルギー源のバランスを重視
A2 「多元化社会シナリオ」
  • 世界経済や政治がブロック化され、貿易や人・技術の移動が制限。
  • 経済成長は低く、環境への関心も相対的に低い。
B1 「持続的発展型社会シナリオ」
  • 環境の保全と、経済の発展を地球規模で両立する。
B2 「地域共存型社会シナリオ」
  • 地域的な問題解決や世界の公平性を重視し、経済成長はやや低い。
  • 環境問題等は、各地域で解決が図られる。

※これらのシナリオは、追加的な温暖化対策は含んでいない。

出典:環境省「IPCC第4次評価報告書 統合報告書 概要(公式版)」(2007年12月17日version)
http://www.env.go.jp/earth/ipcc/4th/ar4syr.pdf

図1 IPCC第四次評価報告書による温暖化予測

図1 IPCC第四次評価報告書による温暖化予測
出典:環境省「IPCC第4次評価報告書 統合報告書 概要(公式版)」(2007年12月17日version)
http://www.env.go.jp/earth/ipcc/4th/ar4syr.pdf

2.技術の概要

1)地球シミュレータ

 海洋研究開発機構では、「地球シミュレータ」と呼ばれる最高性能のスーパーコンピュータを用いて、大気や海洋・地球内部等、地球科学に関する高度なシミュレーション、科学技術計算を行っている。地球シミュレータは、ベクトル型演算方式を基本とする高度な並列計算(同時に複数の演算処理を実行すること)が可能であり、運用開始時点(平成14年3月)で世界最大の規模と能力を有していた。地球シミュレータでは、図2に示すような高解像度で地球全体の大気循環のシミュレーションをはじめ、気候変動に関する様々なシミュレーションを実施している。

図2 地球シミュレータによる大気循環のシミュレーション

図2 地球シミュレータによる大気循環のシミュレーション
出典:海洋研究開発機構 地球シミュレータセンター「大気大循環地球シミュレーション研究(AFES)」
http://www.jamstec.go.jp/esc/research/AtmOcn/afes/index.ja.html

2)地球シミュレータによる温暖化予測例

 東京大学気候システム研究センター(CCSR)、国立環境研究所、海洋研究開発機構 地球環境フロンティア研究センター(FRCGC)の合同研究チームは、地球シミュレータを用いて、2100年までの地球温暖化の見通し計算を行った。これによれば、2100年までの日本の夏の気候は、気温(図3)、降水量とも平均的に増加するほか、真夏日の平均日数(図4)、豪雨の頻度とも温暖化が進むにつれて増加することが示唆される結果が得られた。世界全体で見ると、年平均気温は数℃前後上昇し、北極域では10℃以上増加する可能性があるとの結果であった。

図3 地球シミュレータによる2100年までの世界の年平均気温上昇の分布

図3 地球シミュレータによる2100年までの世界の年平均気温上昇の分布
出典:環境省「地球シミュレータによる最新の地球温暖化予測計算が完了 
-温暖化により日本の猛暑と豪雨は増加-」(図1)
http://www.env.go.jp/earth/earthsimulator/

図4 地球シミュレータによる日本の真夏日の日数の予測

図4 地球シミュレータによる日本の真夏日の日数の予測
出典:環境省「地球シミュレータによる最新の地球温暖化予測計算が完了 
-温暖化により日本の猛暑と豪雨は増加-」(図3)
http://www.env.go.jp/earth/earthsimulator/

3)気候・影響・土地利用モデル統合による地球温暖化リスクの評価

 国立環境研究所では、重点研究プログラムとして「地球温暖化研究プログラム」を実施している。このプログラムでは、地球温暖化とその影響に関するメカニズムの解明を進め、将来に起こりうる温暖化の影響を予測することを目標としている。また、予測結果を踏まえた長期の気候安定化目標とそれに向けた脱温暖化社会のあるべき姿を提示し、その実現に至る道筋を示すことも目指している。
 具体的な研究内容としては、気候モデル、影響モデル、陸域生態・土地利用モデルの改良・高度化・相互リンク化を進めている。これらの研究で得られた成果のいくつかを以下に示す。

(1)将来の森林減少の予測
 農地への転換により森林がどの地域でどの程度減少するか、植林はどの地域で行われるかを予測するため、経済モデルと空間情報を利用して全世界の森林の増減を推定した。その結果、先進国で植林が行われる一方、熱帯雨林が減少することが明らかになった。
 図5は2000年から2030年の森林伐採と植林の地域を表している。伐採や植林の強さは、緯度経度0.5度(赤道付近で50km四方)の中での面積で表されている。ここでは、予測の前提としてIPCCの排出シナリオ特別報告書(SRES:Special Report on Emissions Scenarios)によるSRES B2シナリオとA2シナリオを利用している。これらの2つのシナリオでは、熱帯雨林が減少することは一致しているが、その分布が異なる。

図5 2000~2030年の森林から農地への転換

図5 2000~2030年の森林から農地への転換
出典:国立環境研究所 地球環境研究センター
「中核研究プロジェクト3 気候・影響・土地利用モデルの統合による地球温暖化リスクの評価 〔平成19年度の成果の紹介〕」
http://www-cger.nies.go.jp/climate/pj3_19seika.html

○気候変動による米収量の減少への影響
 気候変化の影響を評価する際に、将来予測の不確実性を考慮することはとても重要である。そこでこの不確実性を考慮するために、世界中の大学や機関で作成された18の気候モデルの将来気候予測を用いて、気候変化により米の収量が減少する確率を算定した。その結果、アジアの広い範囲に渡って、米の収量が減少する確率が高いことが分かった。
 図6は気候変化により、1990年代に対し、2020年代の米の収量が減少する確率を示している。西日本、中国南部、インドシナ半島、インドにおいて収量が減少する確率が高いことがわかる。将来排出シナリオとしてはIPCCのSRES A1Bを使用している。CO2施肥効果は考慮されているが、2020年代においてその効果は小さい。

図6 気候変化により米の収量が減少する確率(A1B;2020s-1990s)

図6 気候変化により米の収量が減少する確率(A1B;2020s-1990s)
出典:国立環境研究所 地球環境研究センター
「中核研究プロジェクト3 気候・影響・土地利用モデルの統合による地球温暖化リスクの評価 〔平成19年度の成果の紹介〕」
http://www-cger.nies.go.jp/climate/pj3_19seika.html

○21世紀の水資源のシミュレーション
 国立環境研究所と東京大学で開発された全球統合水資源モデル(図7)を利用して、世界の水資源のシミュレーションを行った。全球統合水資源モデルは、陸面モデル、河川モデル、農業モデル、貯水池操作モデル、灌漑取水モデル、環境用水モデルの6つのモデルから構成され、貯水池操作、灌漑取水、環境用水の利用といった水の利用が地球の水循環や水資源におよぼす影響を定量的に評価することができる。予測にあたっては、IPCCのSRES A1Bシナリオ(表1)による将来の社会・経済・温室効果ガス排出シナリオを利用した。

図7 全球統合水資源モデル

図7 全球統合水資源モデル
出典:国立環境研究所 地球環境研究センター
「中核研究プロジェクト3 気候・影響・土地利用モデルの統合による地球温暖化リスクの評価 〔平成18年度の成果の紹介〕」
http://www-cger.nies.go.jp/climate/pj3_18seika.html

 図8は、十分な水資源を得られない地域に住む人口の推移を示している。A1Bシナリオでは世界の総人口は2050年まで増加し、以降減少するが、水資源が非常に逼迫する地域に住む人口は、21世紀前半に人口増加とともに上昇し、21世紀の後半、世界の総人口が減少に転じた後も、すぐには減少しないことが明らかになった。

図8 十分な水資源を得られない地域に住む人口の推移

図8 十分な水資源を得られない地域に住む人口の推移
出典:国立環境研究所 地球環境研究センター
「中核研究プロジェクト3 気候・影響・土地利用モデルの統合による地球温暖化リスクの評価 〔平成18年度の成果の紹介〕」
http://www-cger.nies.go.jp/climate/pj3_18seika.html

3.技術を取り巻く動向

 気候変動予測とそれにもとづく温暖化影響の評価は、上に掲げた以外にも様々な研究が行われている。代表的な事例を以下に示す。

1)気候変動予測革新プログラム(文部科学省)

 文部科学省では、「地球シミュレータ」の能力を最大限に活用し、平成18年度までに「人・自然・地球共生プロジェクト」(以下「共生プロジェクト」という。)において温暖化予測研究を行った。さらに、その成果を発展的に継承するプロジェクトとして、平成19年度からは、気候変動予測革新プログラムが開始されている。
 このプログラムは、3つの研究項目(A.温暖化予測モデルの高度化および将来予測、B.不確実性の定量化・低減、C.自然災害に関する影響評価)を有機的に連携させながら研究を行うのが特徴である。これにより、地球規模から河川流域規模までの幅広いスケールにおいて複雑な大気・海洋・陸域の物理過程、生物地球化学過程を考慮した予測モデルを発展させ、確度の高い高解像度の温暖化予測の実現を図るとともに、予測実験結果の不確実性を定量化し、その原因究明と改善策の確立により、不確実性の幅を低減する。さらに近未来の気温や降水などにかかわる極端現象(台風、熱波、集中豪雨、高潮、豪雪、干ばつ等)の頻度と強度に注目した解析を通じて、予測情報の自然災害分野の影響評価への適応性を実証する。
 このような研究開発を通じて、確度の高い予測情報を国内外の地球温暖化対応に関する検討の場に提供し、IPCC第5次評価報告書(2013年頃予定)への寄与をはじめ、気候変動に対する政策検討、技術的対策の立案に役立てることとしている。

2)AIMモデル(アジア太平洋地域統合評価モデル)

 国立環境研究所の地球温暖化研究プロジェクトでは、経済発展・気候変動及びそれらの影響を総合的に評価するためにAIM(Asia-Pacific Integrated Model, アジア太平洋地域統合評価モデル)を開発してきた。
 AIMは、中国、韓国、日本を含む東アジア太平洋地域を対象に、温室効果ガス排出の将来推計、排出削減対策の効果分析、温暖化影響の評価を統合的に行うことを目的としており、温暖化の対策効果や影響を予測する20以上のモデル群から構成される。こうした様々なモデルを活用して、例えば、温暖化対策として炭素税を導入する際に、京都議定書の目標値を達成するために必要な炭素税率と、炭素税導入が経済活動に及ぼす影響といった社会経済的な影響も予測することができる。
 図9に示す試算では、約550の省エネルギー・新エネルギー技術を対象として、2012年までにどのような技術の導入が進むかを調べ、それぞれの場合の二酸化炭素排出量を推計した。なお、図中の「技術一定ケース」とは、新しい技術が導入されないと想定した場合で、エネルギーサービス需要が伸びるため、それに応じて二酸化炭素排出量も増加している。「技術一定ケース」と「炭素税+補助金ケース」を比較すると、同じ生活レベルを維持するのに、前者では2010年における二酸化炭素排出量が1990年と比較して約13.7%増加するのに対して、後者では新たな省エネルギー技術等の開発が進むことにより約2.3%減少させることができることが示された。このような経済的側面からの検討は、温暖化対策のために具体的な社会制度を設計していく際に非常に重要になる。
 なお、AIMは温暖化だけでなく、酸性雨などのアジア太平洋地域レベルの他の環境問題にも利用できる。このモデルに基づいて、中国、韓国等が起源となる硫黄酸化物(SOx)の排出と越境移流による酸性雨が最重要な環境問題のひとつになっていることが明らかにされている。

図9 ケース別エネルギー起源二酸化炭素排出量の推移

図9 ケース別エネルギー起源二酸化炭素排出量の推移
出典:国立環境研究所ニュース23巻1号(2004年4月)
「我が国の二酸化炭素排出量の削減可能性とその経済影響-AIM(アジア太平洋地域統合評価モデル)の開発-」(甲斐沼 美紀子)
http://www.nies.go.jp/kanko/news/23/23-1/23-1-02.html

引用・参考資料など

(2009年12月現在)