自然再生技術

 自然再生技術とは、近年失われてきた自然や生態系の健全性を積極的に回復させる事業(自然再生事業)に適用される土木工学、生態工学などの技術の総称を指す。
 具体的には、生物の生息・生育環境の解析・評価、地形のデザイン、モデリングによる予測などを含み、その応用範囲は、自然再生事業の調査・検討、実施、維持管理の全工程にわたる。技術選定には、地域における自然環境の特性や、自然の復元力および生態系のバランスが考慮される。2002年には自然再生推進法が施行され、これまでに湿地の回復、干潟の再生、森づくりといった自然再生事業が環境省、地方自治体、NPO等の連携のもと実施されている(下図)。

自然再生事業のイメージ

自然再生事業のイメージ
出典:環境省 生物多様性センター「自然再生事業」
http://www.biodic.go.jp/saisei/saisei.html

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1.自然再生事業とは

 自然環境は、人間生活を支える基盤として、様々な恵みを我々にもたらしている。例えば、日々の生活に欠かせない食糧・水・燃料の供給をはじめ、森林による洪水や土砂崩れの防止、微生物等による土壌形成や水の浄化、あるいは美しい景観やレクリエーションの場の提供などは、その一例である。こうした自然の恵みは「生態系サービス」ともいわれ、国連が2005年に公表した「ミレニアム生態系評価」や、わが国の「第三次生物多様性国家戦略」(平成19年11月)でも、その重要性が示されている。
 日本列島は南北に長く、かつ大陸から隔てられているため、約38万km2という狭い国土にも関わらず固有の豊かな生物相をもつ。親潮や黒潮などの海流が流れているため、海洋環境は非常に変化に富んでおり、国土の2/3を多様な気候区分の森林が占めるため、陸地にも豊かな植生が存在している。また、日本では水田や畑、二次林、植林など人間が手を加えることで維持されてきた里地・里山的自然環境も多く存在する。こうしたわが国の豊かな自然環境は、未来の世代に伝えていくことが重要である。
 しかし近年、経済発展や都市への人口集中などにともなって、わが国における自然と人間の関係が大きく変化している。具体的には、工場や住宅建設などの大規模開発による自然環境の破壊、農地や植林地の管理放棄による自然荒廃、国内外の他地域からもちこまれた外来種による生態系の攪乱が問題となっている。また近年は、地球温暖化が生態系に及ぼす影響も懸念されている。
 こうした問題が浮上する中で、今残っている自然を保護するだけではなく、過去に失われた自然を積極的に回復しようという試みが生まれてきた。これが自然再生事業である。自然再生事業の対象となるのは、生態系を重視する立場から緊急に自然を再生する必要があり、かつ以下のいずれかの区域を含む地域である(図1)。

1)地域を代表する自然生態系を有する区域(例:釧路湿原、小笠原など)
2)生物多様性保全のため再生する必要がある区域(例:大台ヶ原など)
3)自然環境再生の必要性、効果が高い区域(例:三番瀬など)

図1 自然再生事業の対象地域

図1 自然再生事業の対象地域
出典:環境省「自然との共生を目指して」パンフレット
http://www.env.go.jp/nature/saisei/network/relate/li_4_1/all.pdf

 自然再生事業は、開発行為等により損なわれる自然環境の“代償地”を、その近くに創出するというものではなく、過去に損なわれた自然環境を積極的に“取り戻す”ことを目的としている。そのため、自然再生事業では、現存する良好な自然環境を「保全」するとともに、「再生」「創出」「維持管理」という行為も含めたかたちで事業が進められる。

1) 保全:良好な自然環境が現存している場所において、その状態を積極的に維持する
2) 再生:自然環境が損なわれた地域において、損なわれた自然環境を取り戻す
3) 創出:大都市など自然環境がほとんど失われた地域において、大規模な緑の空間の造成などにより、その地域の自然生態系を取り戻す
4) 維持管理:再生された自然環境の状況をモニタリングし、その状態を長期間にわたって維持するために必要な管理を行う

図2 自然再生事業における4つの行為

図2 自然再生事業における4つの行為
出典:「自然再生推進法のあらまし」パンフレット
http://www.env.go.jp/nature/saisei/Alamashi/html/index.html

 自然再生事業は、森林・水田などの陸地、河川・湿地などの水域、珊瑚礁・藻場などの海域といった多種多様な自然環境において実施される。例えば、直線化された河川の蛇行化による湿原の回復、都市臨海部における干潟や藻場の再生、丘陵や河畔における森林の再生などが、事業の内容となる(図3)。

図3 自然再生事業のイメージ

図3 自然再生事業のイメージ
出典:環境省 生物多様性センター「自然再生事業」
http://www.biodic.go.jp/saisei/saisei.html

 自然再生事業に関する法制度については、2001年の「21世紀『環の国』づくり会議」で「自然再生型公共事業」の推進が提言されたのを受け、本格的な取り組みが始まった。
 その後、2002年3月に策定された「新・生物多様性国家戦略」では、今後展開すべき施策の大きな3つの方向の一つとして「自然再生」を位置づけ、その具体策である「自然再生事業」の推進を規定している。そして、2002年12月に自然再生事業の法律面での核となる「自然再生推進法」が成立し、2003年1月に施行された。さらに同年4月には、同法に基づく「自然再生基本方針」が閣議決定され、本格的な運用が行われている。
 自然再生推進法における自然再生の基本理念は、1)地域の生物多様性の確保、2)地域に関わる多様な主体の連携、3)科学的知見に基づいた実施、4)順応的な進め方、5)自然学習の場の提供、の5つである。自然再生事業の実施者である各府省、地方自治体、NGOなどは、その事業の目的や内容を示し、活動に参加しようとする者に、広く自然再生協議会への参加を募る(図4)。協議会では、自然再生全体構想の作成、実施計画案に関する協議、実施に係る連絡調整、モニタリング結果の評価などを行う。

図4 自然再生協議会の基本イメージ

図4 自然再生協議会の基本イメージ
出典:環境省・農林水産省・国土交通省「自然再生推進法のあらまし」パンフレット
http://www.env.go.jp/nature/saisei/Alamashi/html/index.html

2.技術の仕組みと流れ

 自然再生事業は、複雑な生態系を対象とすることから、様々な技術を適用する場合も、科学的な知識に基づきながら、順応的に実施することが重要である。以下、事業の流れに沿って自然再生技術の内容を説明する。

1) 調査・解析

 自然再生を始めるにあたって、対象地域における再生目標の設定は重要なポイントである。事前調査により、対象地域や周辺環境の現在と過去を比較し、失われた自然環境の要素やその原因を把握するとともに、自然の自律的な復元力を利用しながら、どのような生態系の再生が可能かを検討する。
 具体的には、1)野外調査や実験による、環境ストレスが自然生態系に及ぼす影響の解析、2)観測値に基づく、数理解析手法を用いた予測(シミュレーション)、3)予測値に基づく事業計画の評価、などを行う。

2) 計画策定

 1)の評価をもとに、植生の復元方法や動物の生息環境の改善方法、事業後のモニタリング方法といった管理手法を検討し、事業計画を策定する。
 自然再生において重要なのは、自然環境のグランドデザイン(広域計画)である。これは、回復すべき自然を、現存する自然環境と融合して広域的に把握し、将来の自然環境再生や生態系回復を図るための総合的な計画書といえる。自然環境の質、大きさ、周辺自然環境との配置、連結性から、再生事業の対象とすべき地域の抽出やその重要度のレベル分けを行う。

3) 事業実施

 自然再生の方法は、「能動的再生」と「受動的再生」の二つに大別される。
 能動的再生は、地形造成や土壌改良を施した上で植栽を行うなど、人が積極的に関与する方法である。速効的であるが、一般に費用がかかり、外来種の問題が起こることもある。これに対し、受動的再生は、地形造成などの環境条件の整備を人間が行い、後は植生遷移など自然の復元力に任せる手法である。比較的安価であるが、再生のためにより長い時間がかかる。通常、自然度の比較的低い部分には能動的手法、周辺環境からの生態系の回復などが期待できる部分には受動的手法というように、両方の手法が併用される(図5)。
 実際の事業は、土木工学その他の応用工学的な技術や理論を基礎とし、間伐材や粗朶(そだ)などの地域の自然資源を使って人海戦術的にかつ自然条件に即した緻密な方法で行われる。例えば、護岸整備によって直線化された河川の蛇行復元、周辺の河畔林の再生による土砂流入の防止、エコトーン(移行帯または推移帯とも呼ばれ、陸地と水面の境界、森林と草原の境界のように、異なる特徴をもった隣接する生態系の境界地帯のこと)の形成による湿地の生物多様性復元、表土の利用による埋土種子を用いた緑地再生などが挙げられる。

図5 様々な自然再生手法

図5 様々な自然再生手法
出典:環境省 釧路湿原自然再生プロジェクト 湿原データセンター
「釧路湿原自然再生全体構想」(第2章(1)釧路湿原における「自然再生とは」)
http://kushiro.env.gr.jp/saisei1/modules/tinyd0/index.php?id=21

4) 維持管理

 事業終了後も、定期的なモニタリングと管理を行う。生物調査や物理化学的調査のモニタリングデータをもとに対象地域の状況を分析し、順応的に管理を行う。
 順応的な管理では、再生された生態系が当初予測しなかった状態になる可能性も、あらかじめ考慮に入れて対応する。常に、科学的手法を用いたモニタリングにより結果を検証しながら、最初に設定した目標に近づきつつあるのかどうかを的確に判断する。仮に恒常的な人為的要因により、通常の生態系の遷移とは異なる生態系が生じ、それが持続するような場合(偏向遷移と呼ばれ、放牧によりシバ以外の植物しか生育できず、シバ草原の状態が続くような例がある)にはその原因(侵略的外来種など)を駆除するなどして対処する。

3.実施例 

1)釧路湿原

(1)釧路湿原の概要と達古武沼の環境劣化診断
 釧路湿原は、約19,000haに及ぶ日本最大の湿原であり、1987年に国立公園に指定されているほか、その一部が天然記念物やラムサール条約に基づく湿地として登録されている。
 この湿原は、広大な集水域を有し、多様な野生動植物の生息地として重要である一方で、洪水調節機能や観光資源としての機能も有している。しかし流域における経済活動の影響から、急激な湿地面積の減少や乾燥化、植生の変化が進んでいる。そこで、「1980年以前(ラムサール条約登録前)の湿地環境を取り戻す」という目標のもと、自然再生事業が行われている。

図6 釧路湿原の自然環境とその変化

図6 釧路湿原の自然環境とその変化
左上:湿原の景観
左下:釧路湿原に生息するタンチョウ(天然記念物)
右:湿地面積の減少
出典:環境省 釧路湿原自然再生プロジェクト 湿原データセンター「湿原を知る」
http://kushiro.env.gr.jp/saisei1/modules/xfsection/index2.php

 目標設定に当たり、国立環境研究所では、まず釧路湿原達古武(たっこぶ)沼の環境劣化の現状とその原因を明らかにするための調査を行った。調査では、達古武沼の水質、水生植物の植生、流域からの栄養塩類(窒素、リン)や浮遊物質(ウォッシュロード)の流入量、生物分布(プランクトン、魚類、外来のウチダザリガニ)等について綿密な調査を行った。その結果、図7に示すように、近年の沼の環境変化を引き起こした主な要因は、流域から流入する人為的活動による栄養塩負荷(特に1996年以降の富栄養化)であること、また外来ザリガニや河川からのウォッシュロードの流入は、直接的な自然環境変化の原因とは考えられないが、沼の環境劣化を促進する要因であることが明らかになった。また、この結果を踏まえて、水生植物群落が沼を覆っていた1992年頃までの沼の状態を、回復すべき生態系の目標として提示した。

図7 自然再生目標設定のための事前調査結果

図7 自然再生目標設定のための事前調査結果
出典:釧路湿原自然再生協議会 第4回水循環小委員会 資料
(2-5. 達古武沼自然環境調査について)
http://kushiro-wetland.jp/committee/cycl/004/d

(2)自然再生事業の実施状況
 現在、釧路湿原の再生事業における目標達成のための手法としては、1)森林の保全再生により流域の保水能力、土砂流入防止機能を向上させる、2)湿原周辺の未利用地等で湿原の再生を図る、の2つが掲げられている。事業の対象地域には、「達古武地域」、「広里地域」などが選定されている。
 達古武地域においては、土壌浸食による土砂の流出と湖沼への堆積を防止するために、自然林の再生が行われている。具体的には、広葉樹の稚樹の定着と成長を阻害する要因(ササの被覆、エゾシカによる食害)を取り除くために、再生試験区内に柵を設置したり、地表を処理するなどの方法により、森林再生の効果的な手段を検討している(図8)。
 また、広里地域では、農地造成以前の湿原の状態を取り戻すため、農地跡地の地盤を掘り下げて地表面を地下水位に近づけ、ヨシ・スゲなどの湿原植生の変化を調査している。

図8 釧路湿原における自然林再生(左:達古武地域)および湿原再生(右:広里地域)

図8 釧路湿原における自然林再生(左:達古武地域)および湿原再生(右:広里地域)
出典:環境省「自然との共生を目指して」パンフレット
http://www.env.go.jp/nature/saisei/network/relate/li_4_1/all.pdf

2)阿蘇

 阿蘇の草原は、世界最大級のカルデラ地形の内外に広がっている。元々、火山活動の影響から森林が形成されにくい場所であり、「採草」「放牧」「野焼き」など人々の農耕活動を通して広大な草原が維持され、多様な動植物が生息する環境が守られてきた。しかし、近年著しく一次産業が衰退したため、草原維持のための一連の作業が困難になり、草原の荒廃や、生物多様性の劣化が生じている。そこで、「さまざまな主体の協働により、阿蘇の多様性の高い草原生態系が保全され、草原景観が維持されるとともに、それらが継続的に管理されるようにする」という再生目標をもとに、活動が行われている。
 自然再生手法は、1)草原維持管理作業の支援、2)放置された草原の管理作業の再開、3)損傷・劣化が進んでいる草原環境の修復、の3つが掲げられている。具体的には、輪地切り(野焼きのための防火帯づくり)を省力化するための環境整備、ボランティア団体の支援による野焼き再開、草原内の湿地および周辺林環境整備が進められ(図9)、二次的自然の保護が推進されている。

図9 阿蘇における自然事業の様々な取り組み

図9 阿蘇における自然事業の様々な取り組み
(A)輪地切りを省力化するための環境整備
(B)野焼きの効果
(C)周辺林の環境整備
出典:環境省「自然との共生を目指して」パンフレット
http://www.env.go.jp/nature/saisei/network/relate/li_4_1/all.pdf

3)小笠原

 小笠原諸島は、東京の南約1,000キロに位置する亜熱帯気候の島々から成り、本州から隔絶されているため島固有の動植物が多く生息している。島を囲むサンゴ群集などを含めた海洋島特有の生態系は大きな特徴である。しかし、人間活動に起因する外来種の定着および分布の拡大がすすみ、在来の自然生態系、生物多様性が危機的な状況にある。そこで、「島の自然と人間とが共生していくための仕組みを築き、自然再生の手助けを行うことにより、自然の進化や変化が健全に進行する状態にする」ことを目標とし、再生事業が実施されている。
 自然再生の手法としては、1)外来種に攪乱された生態系の健全化、2)海洋等に残された固有種等の保全、3)自然を再生し、自然と共生するための地域作り、の3つが掲げられている。具体的には、ノブタやノヤギ、ウシガエル、グリーンアノール(米国南東部を原産地とする樹上性のトカゲで、主に昆虫等の節足動物を食べる)等の外来種に対して自然再生手法の調査や生息状況の調査結果をもとに、トラップの設置場所、設置数等を含めた最適な駆除方法を検討し、実行に移す。外来種拡大防止には地域住民の協力が不可欠であることから、地域で一丸となって駆除活動が行われている(図10)。

図10 小笠原における外来種駆除のための様々な取り組み

図10 小笠原における外来種駆除のための様々な取り組み
出典:環境省「自然との共生を目指して」パンフレット
http://www.env.go.jp/nature/saisei/network/relate/li_4_1/all.pdf

引用・参考資料など

(2009年6月現在)