環境技術解説

化学物質管理

化学物質管理とは、化学物質が人や環境に悪影響を与える可能性(リスク)を抑制することや、そのための制度を指します。

化学物質は、自然界に存在するものや工業的に製造されるものなど、数多くあります。化学物質は現代の社会において様々に利用されていますが、中には人間や生物にとって有害なものや、オゾン層の破壊など自然環境に悪影響を与えるものもあります。これらの化学物質をより安全な化学物質に転換したり、人や環境が化学物質にさらされる量を少なくしたりすることで、リスクを下げることができます。

化学物質を安全に利用するためには、それぞれの化学物質が持つ毒性などの性質を把握し、リスクが十分低くなるように化学物質の製造や流通、使用を管理することが必要です。

※掲載内容は2017年3月時点の情報に基づいております。
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1.日本における規制

日本では化学物質が与える影響の種類や含まれている製品、用途などにより、様々な法律で化学物質の製造・流通・使用が規制されています。ここでは、それらの一般的な化学物質の適切な管理を目的とする法律である化審法、また様々な化学物質の自主的な管理を促進するための法律である化管法について解説します。

図1 化学物質関連法
出典:環境省 化学物質情報検索支援システム「ケミココ」 
http://www.chemicoco.go.jp/laws.html

1) 化学物質審査規制法(化審法)

環境経由で人間や動植物に影響を与える可能性のある化学物質のうち、農薬は農薬取締法で規制されていますが、それ以外の化学物質を対象として規制を行う法律が化学物質審査規制法(通称:化審法)です。日本で新規化学物質(化審法で既に指定されていたり、各種の法に基づいて既存化学物質として公示されたりしたもの以外の化学物質)を製造又は輸入しようとする者は、あらかじめ厚生労働大臣、経済産業大臣、環境大臣に届け出なければなりません。また、既存化学物質を含むすべての化学物質について、一定数量以上を製造、輸入した者は、毎年度その数量などを経済産業大臣に届け出なければなりません。

化審法では既存化学物質を含むすべての化学物質について、まず「有害性」と「暴露量」について既知の情報からリスクが十分に低いと判断できるものを除外するスクリーニング評価を行うことが定められています。「有害性」とは、その化学物質が人や環境に有害かどうか、という観点です。「暴露量」とは、その化学物質が製造・使用される量が多かったり、自然環境中で分解されにくく長期間残留したりすることで、人間や生物がその化学物質にさらされる量が多くなるかどうかという観点です。この2つの観点から総合的にリスクが十分に低いと認められるものは一般化学物質とされ、規制対象から除外されます。

図2 化審法におけるスクリーニング・リスク評価のフロー

第一種特定化学物質

難分解性および高蓄積性が認められた化学物質は監視化学物質に指定されます。監視化学物質の取り扱い事業者は、製造・輸入の数量や用途の届出を行います。継続的な有害性の調査により、人への長期毒性や高次捕食動物への慢性毒性が認められた化学物質は第一種特定化学物質に指定されます。

第一種特定化学物質は、特定の用途(人や環境への被害が生ずるおそれがない用途)を除いて、製造・輸入が禁止されます。指定されている化学物質はPCB、DDTなど人への長期毒性が認められているものであり、代替物質への転換などにより事実上新規に製造・使用されることはなくなっています。

第二種特定化学物質

スクリーニング評価においてリスクが十分に低いと認められないものは優先評価化学物質に選定され、リスク評価の対象となります。有害性や暴露量などをさらに調査し、リスクが十分に低いと評価されたものは優先評価化学物質の指定が取り消され、一般化学物質とされます。リスクが高いと評価されたものは、第二種特定化学物質に指定されます。

第二種特定化学物質を取り扱う場合は、製造・輸入予定数量及び実績の届出が必要となり、必要に応じて取り扱い事業者に勧告・指導・助言などが行われます。

図3 優先度マトリックスを用いた物質判定
出典:経済産業省「化審法におけるスクリーニング評価・リスク評価」
http://www.meti.go.jp/policy/chemical_management/kasinhou/information/ra_index.html

2) 化学物質排出把握管理促進法(化管法)

この法律は、化学物質を取り扱う事業者の自主的な化学物質の管理の改善を促進し、化学物質による環境の保全上の支障が生ずることを未然に防止することを目的に、「化学物質の排出等の届出の義務付け(PRTR制度)」と「化学物質等安全データシート提供の義務付け(SDS制度)」などを規定しています。

3) 化学物質の排出などの届出の義務付け(PRTR制度)

PRTR(Pollutant Release and Transfer Register:化学物質排出移動量届出制度)とは、有害性のある多種多様な化学物質が、どのような発生源から、どれくらい環境中に排出されたか、あるいは廃棄物に含まれて事業所の外に運び出されたかというデータを把握し、集計し、公表する仕組みです。

図4 PRTRの基本構造
出典:環境省「PRTRインフォメーション広場」 
http://www.env.go.jp/chemi/prtr/about/about-4.html

化管法においてPRTRの対象となるのは、以下のいずれかに該当する化学物質です。

  • 人の健康や生態系に悪影響を及ぼすおそれがある物質
  • 自然の状況で化学変化を起こし容易に有害な化学物質を生成する物質
  • オゾン層破壊物質

このうち環境中に広く継続的に存在すると認められる物質は第一種指定化学物質に指定されます。環境中にはそれほど多く存在しないと見込まれる物質は、第二種指定化学物質に指定され、PRTRの対象とはなりませんが後述のSDSの対象となります。

製造業など指定の業種で、第一種指定化学物質のいずれかを1年間に1t以上取り扱う事業所を所有する常用雇用者数21人以上の事業者は、第一種指定化学物質の環境中への排出量及び廃棄物としての移動量についての届出を義務付けられます。国は都道府県を通じてこれらの情報を集計し、人の健康や生態系への影響を調査します。

4) 化学物質など安全データシート提供の義務付け(SDS制度)

SDSは、化学物質の成分や性質、取扱い方法などに関する情報を記載した文書です。第一種指定化学物質や第二種指定化学物質、およびそれらを含む製品を事業者間で取引する際に、事業者はSDSを提供することが義務付けられています。PRTR制度と異なり、SDS制度は業種や事業者規模、年間取扱量にかかわらずすべての事業者が対象になっています。

SDSには化学物質の危険性や有害性、取扱上の注意点や漏出時の措置などを記載することがJIS Z7253で規定されており、化学物質の危険性について絵表示によるラベル提供の努力義務が規定されています。

図5 化管法ラベル絵表示
出典:経済産業省「化管法 SDS 制度 作成・提供方法」
http://www.meti.go.jp/policy/chemical_management/law/msds/4.html

2.海外における規制

化学物質管理は世界的な課題であり、国連や諸外国においても管理が制度化されています。ここではそれらのうち代表的なものを紹介します。

1) POPs条約

POPsとは環境中での残留性、生物蓄積性、人や生物への毒性が高く、長距離移動性が懸念されるポリ塩化ビフェニル(PCB)、DDTなどの残留性有機汚染物質(Persistent Organic Pollutants)の略で、「残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約」を通称「POPs条約」と呼んでいます。POPs条約は国連環境計画(UNEP)から策定が求められ、2001年5月にストックホルムで開催された外交会議において採択、2004年5月に発効されました。

POPs条約が加盟国に課している主な義務は以下の通りです。

  • 製造・使用、輸出入の原則禁止(附属書A)
  • 製造・使用、輸出入の制限(附属書B)
  • 新規POPsの製造・使用防止のための措置
  • 非意図的生成物(附属書C)の排出の削減及び廃絶
  • ストックパイル、廃棄物の適正処理(汚染土壌の適切な浄化を含む)
  • PCB含有機器については、2025年までに使用の廃絶、2028年までに廃液、機器の処理(努力義務)
  • 適用除外(試験研究、使用中の製品、国別適用除外)

これらの義務に対し、日本では国内実施計画により関係省庁の対応状況を点検していて、化審法などの国内法で対応していることを確認しています。

2) 欧州REACH

REACHは欧州における化学物質管理の規制で、化学物質の登録・評価・認可に関する規制(Regulation on the Registration, Evaluation and the Authorization of CHemicals)の略です。2007年6月の発効と同時に、欧州化学物質庁(ECHA:European Chemicals Agency)が設立されました。

REACHは化学物質のリスク低減のため、新規化学物質だけでなく既存化学物質に関しても同様に、安全性情報のない化学物質の製造・使用・輸入を禁止することが特徴です。REACHは2008年に既存化学物質の予備登録を開始し、使用量の多いものから段階的にリスク評価を実施しています。

図6 REACHにおける既存化学物質の登録スケジュール
※CMR物質:Carcinogenic, Mutagenic or toxic to Reproduction、発がん性・変異原性・生殖毒性物質
出典:環境省「REACH の概要」
https://www.env.go.jp/chemi/reach/reach_outline.pdf

[環境技術解説] REACH
REACH(リーチ)は、EUの統一的な化学物質規制で、日本企業においても対応が不可欠となっています。制定の経緯とあわせて、その概要を整理します。

3) 米国TSCA

TSCA(トスカ)はアメリカ合衆国における化学物質管理の法律で、有害物質規制法(Toxic Substances Control Act)の略です。元々は1977年に施行されましたが、2016年に改正案に大統領が署名して改正TSCAが施行されました。

参考資料

引用・参考資料など

[1] 環境省. "化学物質にかかわる法律". 化学物質情報検索支援システム「ケミココ」,
http://www.chemicoco.go.jp/laws.html, (参照 2017-02-25).

[2] 経済産業省. "化審法におけるスクリーニング評価・リスク評価",
http://www.meti.go.jp/policy/chemical_management/kasinhou/information/ra_index.html, (参照 2017-02-25).

[3] 環境省. "PRTRとは". PRTRインフォメーション広場,
http://www.env.go.jp/chemi/prtr/about/index.html, (参照 2017-02-25).

[4] 環境省. "PRTRの仕組み". PRTRインフォメーション広場,
http://www.env.go.jp/chemi/prtr/about/about-4.html, (参照 2017-02-25).

[5] 経済産業省. "化管法SDS制度 対象事業者",
http://www.meti.go.jp/policy/chemical_management/law/msds/3.html, (参照 2017-02-25).

[6] 経済産業省. "化管法SDS制度 作成・提供方法",
http://www.meti.go.jp/policy/chemical_management/law/msds/4.html, (参照 2017-02-25).

[7] 経済産業省. "POPs条約",
http://www.meti.go.jp/policy/chemical_management/int/pops.html, (参照 2017-02-25).

[8] 経済産業省. "POPs(Persistent Organic Pollutants:残留性有機汚染物質)",
http://www.env.go.jp/chemi/pops/, (参照 2017-02-25).

[9] 環境省. "RAECHの概要",
https://www.env.go.jp/chemi/reach/reach_outline.pdf,(参照 2017-02-25).

[10] 経済産業省. "化学物質管理政策について",
http://www.meti.go.jp/policy/chemical_management/about.html, (参照 2017-02-25).

[11] 環境省. "REACH関連情報",
https://www.env.go.jp/chemi/reach/reach.html, (参照 2017-02-25).

[12] 環境省. "化学物質国際対応ネットワーク",
https://www.env.go.jp/chemi/reach/reach.html.

(2017年3月現在)
2017年8月25日:掲載