CO2固定技術とは、大気や排ガス中に含まれるCO2を固定する技術の総称である。CO2の排出削減が緊急課題となっている現在、省エネルギー、燃料転換、新エネルギー利用などのCO2の排出自体を低減させる技術に加えて、CO2固定技術へのニーズが高まっている。技術的には、燃焼施設の排ガス中のCO2の分離回収に用いられる物理化学的方法、植物による固定を含む生物学的な固定法、地中や海中への隔離といった大規模な固定法まで非常に広範な技術群である。
下図に示す技術は、火力発電所の排ガスに含まれるCO2を固定するパイロットプラントで、吸収塔を用いてCO2を除去する化学法の一種である。日本では平成19年3月にCO2固定技術の戦略マップが策定されるなど、体系的な技術開発が進められており、各種のCO2固定技術が徐々に実用化に近づいてきている。
図 CO2分離回収 パイロットプラント構成図
出典:東芝(株)ウェブサイト
「ニュースリリース「二酸化炭素分離・回収技術のパイロットプラント建設について-10トンCO2/日規模の実証試験により実用化に向けて研究開発を加速 - 」2008年12月3日」
http://www.toshiba.co.jp/about/press/2008_12/pr_j0301.htm
※外部リンクは別ウィンドウで表示します
日本では、2007年度の温室効果ガスの総排出量(各温室効果ガスの排出量に地球温暖化係数)は、13億7,100万トン(CO2換算)であり、京都議定書の規定による基準年の総排出量(12億6,100万トン)を8.7%(1億1,000万トン)上回っている。また、前年度と比べると、2.3%(3,100万トン)の増加となっている。基準年からの変化を見ると、業務その他部門、家庭部門、運輸部門の増加率が高いが、部門別では産業部門からの排出が最も多い。
日本が京都議定書の目標を達成するためには、温室効果ガスの排出削減を進めると共に、CO2を直接固定する技術が不可欠である。
図1-1 日本におけるCO2の排出量の推移
出典:温室効果ガスインベントリオフィス ウェブサイト
日本の温室効果ガス排出量データ(1990~2010年度)確定値
http://www-gio.nies.go.jp/aboutghg/nir/nir-j.html
図1-2 ディーゼルトラック・バス(重量車)の排出ガス規制の変遷
出典:温室効果ガスインベントリオフィス ウェブサイト
日本の温室効果ガス排出量データ(1990~2010年度)確定値
http://www-gio.nies.go.jp/aboutghg/nir/nir-j.html
CO2の代表的な固定排出源の1つに火力発電所がある。火力発電所の排ガスからCO2を回収できれば、京都議定書の温暖化ガス削減義務達成にも大きく近づくため、CO2固定技術の実用化が期待されており、1990年代前半から、ボイラー燃焼排ガスからCO2を回収する技術開発が進められている。
CO2固定技術には様々な技術が含まれるが、大きく以下のように分類される。
物理化学的な固定法は、固定発生源からの排ガス中のCO2を分離・回収するのに主として用いられ、回収したCO2を有用な化学物質に変換するための後処理プロセスと組み合わせて用いられることが多い。生物学的な固定法は、植林などによるCO2の固定のほか、微細藻類などを用いたバイオリアクターにより、排ガス中のCO2を吸収する研究もある。固定したCO2を地中貯留したり、海洋隔離したりする方法は大規模なCO2固定が可能であることから、国内外で注目が高まっている。
以下では、これらの技術のうち「物理化学的な固定法」と「生物学的な固定法」について紹介する。「地中貯留・海洋隔離」については、「CCS (CO2回収・貯留)」の解説を参照されたい。
(1)化学吸収
排ガスをCO2を選択的に溶解できるアルカリ性溶液に通し、CO22をアルカリ性溶液中の成分と反応させて吸収する。アルカリ性溶液としてアミン、炭酸カリウムK2CO3水溶液等を使用する。天然ガスや燃焼排ガスからのCO2回収で実績があるが、経済性向上に向けて新たな吸収液の開発が各国で進められている。
(2)物理吸収
高圧下でCO2を大量に溶解できる液体を用いてCO2を接触吸収させる方法である。大気圧に近い排ガスへの適用には適さないため、現状での実用例は少ない。
(3)物理吸着
排ガスを吸着剤と接触させてCO2を吸着させ、圧力差を利用してCO2を脱着させる方法である。吸着剤にはゼオライト、活性炭、アルミナ等が使用される。なお、方式にはPSA法(Pressure Swing Adsorption;減圧脱着)、TSA法(Temperature Swing Adsorption;熱脱着)、PTSA法(Pressure Temperature Swing Adsorption;PSAとTSAの複合技術)がある。
鉄鋼業のようにCO2が高濃度(20%を超える)の燃焼排ガスの場合に実用されているほか、石炭火力発電所では性能評価試験が実施されている。
他の分離回収技術と比較して、高コストかつエネルギー消費が大きいことが課題である。
(4)膜分離
多孔質の気体分離膜(高分子膜、セラミック膜)に排ガスを通し、孔径によるふるい効果や拡散速度の違いによりCO2を選択的に分離して回収する方法である。
高いCO2選択性を有する分離膜(高分子膜、セラミック膜)の研究開発が進んでおり、インドネシアの天然ガスプラントではこの技術を用いたCO2固定化が行われている。
(5)深冷分離
排ガスを圧縮冷却後、蒸留操作により相分離でCO2を分離する技術である。すなわち、CO2混合ガスを冷却して液化させ、種類の異なるガス成分の凝縮温度の差を利用して、蒸留あるいは部分凝縮によりCO2を分離・回収するというものである。液化CO2の精製では技術が確立しており、国内でも多くの実績がある。
(6)変換・有効利用
(1)~(5)で分離・回収されたCO2はそのまま地中や海洋に貯留することも可能だが、化学的に有用物質に変換して、さらに利用することもできる。代表的な変換・有効利用技術には次のようなものがある。
[1]カーボン(炭素)への変換(分解)
CO2をカーボン(C)にまで変換(分解)し、有効利用する技術である。変換方法には、以下のような様々なプロセスが考案されており、いずれも基礎研究段階である。得られたカーボンは、例えばカーボンナノチューブのような産業用新素材として利用したり、化学合成の原料として用いることが想定されている。
[2]化学品への変換
生物学的な固定法には、植林のように植物の光合成を利用して大気中のCO2を固定する方法のほか、光合成微生物等を用いたバイオリアクター(生物反応器)により、排ガス中のCO2を固定する方法などがある。なお、生物学的な固定法の場合、生物体に取り込まれたCO2は生物が死んだ後で分解され、再びCO2となるので、「固定」ではなく「吸収」という用語を用いることも多い。以下の解説でも適宜、「吸収」という用語を使用する。
(1)植林・緑化等の地上植物による固定
植林は、パルプの製造、荒廃した森林の再生等の目的で世界各地で行われている。新たに植林を行うだけではなく、既存の劣化した森林を再生させたり、森林火災を防止するといった森林管理の改善によってもCO2固定量を増やすことができる。成長の速い優良樹の選抜や土壌改良技術により、植物によるCO2吸収・固定量の増大を図る技術の開発が進められている。
また、最近では、砂漠化防止と関連して、砂漠緑化に関する研究も進められており、乾燥地帯に植生を拡大するための集水・灌漑技術や砂漠地帯に適応した植物の品種改良などが進められている(「砂漠緑化」の解説参照)。
(2)海洋・水生植物による固定
植物プランクトンや大型の海藻の行う光合成を利用してCO2を固定する方法である。植物プランクトンや海藻を増殖させるために、以下のようなプロセスが考案されている。
[1]植物プランクトンの増殖・沈降による固定
鉄、アンモニア等の栄養塩を海洋に散布、または海洋構造物やポンプによって海洋深層水を表層へ移行させることにより、植物プランクトンを増殖、海底に沈降させてCO2を隔離する技術である。
[2]大型海藻を用いた固定
コンブのような浅海で固い岩盤で生育する海草を固着、生育させることでCO2固定量の増大を図る技術である。
[3]植物プランクトン、海藻等の培養設備を用いた固定
培養池を設置し、植物プランクトン、海藻等の培養生産を行う技術である。培養された植物プランクトン、海藻等によりCO2の固定を図る技術である。
(3)動物(サンゴ、貝類)による固定
サンゴの育成基材を海底に設置し、サンゴを育成したり、貝類を養殖することよりCO2固定量の増大を図る技術である。
(4)光合成藻類、光合成細菌類を利用したバイオリアクターによる固定と有用物質生産
光合成微生物を培養したタンク(リアクター)の中に発電所の排ガスなど高濃度のCO2を含む排ガスを通して、光合成を行わせることによりCO2を固定し、さらに化学原材料等の有用物質に変換して利用する技術である。小規模な実証試験例はあるが、課題として、大幅に変換効率を高めるブレイクスルー技術が必要なこと、大規模化が困難な点が挙げられる。
光合成以外の反応でCO2を固定する微生物を探索・育種して高濃度CO2排ガスから化学原材料等の有用物質を生産する技術(非光合成微生物による固定)も検討されている。光に依存しないため高密度培養の可能性があり、CO2発生源に連結して排ガスから直接CO2を固定できる。ただし、実用化に適した微生物も探索段階であり、基礎研究段階にとどまっている。
国立環境研究所では、早稲田大学などと共同で京都議定書吸収源としての森林機能評価に関する研究を実施した。この研究は、環境省の地球環境総合研究推進費の中で実施されている。研究の全体像は図2の通り。国立環境研究所は、日本における炭素吸収量を生態学アプローチで算定するモデルの開発を担当した。特に森林インベントリに関する研究と連携し、モデルの精緻化を行い、京都議定書において温暖化対策として認められた森林管理活動を含め、吸収源活動の評価に利用できる吸収量算定モデルを開発した。この研究は今後の日本における森林の吸収源としての評価や林業、森林管理の基礎資料となるものである。
図2 京都議定書吸収源としての森林機能評価に関する研究
出典:環境省ウェブサイト
「地球環境研究総合推進費「京都議定書吸収源としての森林機能評価に関する研究」」
http://www.env.go.jp/policy/kenkyu/suishin/backnumber/suishinhi/jpn/projects_underway/pdf/B60.pdf
CO2排出削減のニーズが高まる中、CO2の分離・回収技術の実証試験が進められている。最近の事例を以下に示す。
(1)CO2分離・回収技術のパイロットプラント建設(福岡)
火力発電所などから排出されるCO2を分離・回収し、地中等に貯留する技術の実用化を進めるため、福岡県大牟田市にある三川発電所内にCO2分離・回収パイロットプラント(CO2回収量:10トン/日規模)が設置され(図3)、2009年9月末に実証試験が開始された。このパイロットプラントでは、実際の石炭火力発電プラントのボイラーから排出される排ガスの一部を利用して、CO2分離・回収システムの性能を実証する。アミン系の吸収液を利用してCO2を吸収し、システムの性能を実証する。あわせて、火力発電プラント排ガス中のSOxなどの含有物がシステムに及ぼす影響を調べ、タービンなど他の発電システム機器との統合とその運用ノウハウなども含め、今後の大型発電プラント向けシステムの設計に必要な検証を行う。
図3 CO2分離回収 パイロットプラント構成図
出典:(株)東芝 ウェブサイト
「ニュースリリース「二酸化炭素分離・回収技術のパイロットプラント建設について-10トンCO2/日規模の実証試験により実用化に向けて研究開発を加速 - 」2008年12月3日」
http://www.toshiba.co.jp/about/press/2008_12/pr_j0301.htm
(2)石炭火力発電所のCO2回収実証試験(ドイツ)
三菱重工業(株)は、ドイツの電力会社、EON Energie AG(エーオン・エナジー)と共同で、石炭火力発電所から排出されるCO2の回収技術実証をドイツ国内で行う。計画では、燃焼排ガス中のCO2を特殊な吸収液と蒸気で分離・回収する同社の技術を用いて、エーオン・エナジーの石炭火力発電所の一つに、回収能力100トン/日(排ガス処理量2万m3/時)の試験設備を設置する。2010年から2年間の予定で、消費エネルギー量の削減を主眼に各種検証を始める。
出典:(株)三菱重工業(株)ウェブサイト
「三菱重工ニュース 「ドイツで石炭火力発電所のCO2回収実証 エーオン・エナジーと共同で2010年に100トン/日設備を稼働」 」2008年7月3日
http://www.mhi.co.jp/news/story/0807034712.html