家庭内で多くのエネルギーを消費するエアコンや給湯器を中心に、照明や情報家電まで含め、エネルギー消費量を可視化しつつ積極的な制御を行うことで、省エネやピークカットの効果を狙う仕組みが「HEMS(ヘムス、Home Energy Management System)」です。
民生部門における地球温暖化対策を、ユーザーにコストメリットを提示しつつ実現する仕組みとして期待が集まり、多くの商品やシステムが市場に投入されています。さらに、家電機器をネットワークする統一の通信規格が制定され、「スマートハウス」「IoT(Internet of Things)」「みまもり機能」「電力小売全面自由化」など新たなキーワードとともに、次の展開も広がっています。なぜHEMSが重要で、普及はどう進むのか。現状と課題を展望します。
※掲載内容は2016年3月時点の情報に基づいております。
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ここでは、HEMSに寄せられる期待や、HEMSの社会的・歴史的な位置付けに触れながら、その重要性を解説します。
民生部門における省エネルギー対策は大きな課題です。
2015年7月に日本は、2030年度の温室効果ガス排出量を2013年度比マイナス26.0%(2005年度比マイナス25.4%)の水準とする「約束草案」を決定し、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)事務局へ提出しています。この約束草案では、家庭部門において2013年度比マイナス39.3%(2005年度比マイナス32.2%)という削減目標が掲げられており、他部門に比べ一層の削減努力が求められています。
しかし普段のくらしの中で、いったいどの機器がどの程度エネルギーを使っているのか、それをどうやったら減らすことができるのかをつかむのは容易ではありません。
2016年4月から始まった電力の小売り全面自由化により「スマートメーター」(通信機能を備えた次世代型電力メーター)の普及が加速します。家庭の電力消費を可視化する素地が整うことで、それを把握したいというニーズも高まっています。
こうした背景から、家庭内で多くのエネルギーを消費するエアコンや給湯器を中心に、照明や情報家電まで含め、動作状態やエネルギー消費量を可視化しつつ積極的に制御を行うことで、省エネ効果を狙う「HEMS」に期待が集まっているわけです。
2016年3月に発表された政府の「地球温暖化対策計画(案)」の中でも、家庭部門の取組みとして「住宅そのものの省エネ化」「省エネ機器の導入」と並んで、「徹底的なエネルギー管理の実施」が挙げられており、「住宅のエネルギー管理システム(HEMS)が2030年までにほぼ普及することを目指す」との目標が示されています。
図1 HEMS導入イメージ図
出典:iエネ コンソーシアム「HEMSとは?」
http://www.ienecons.jp/hems/
さらに、家庭から地域全体まで、さまざまな規模でエネルギーを管理する仕組みへの取り組みも進んでいます。
地域全体のエネルギーを包括的に管理するCEMS(コミュニティ・エネルギーマネジメント・システム)のもと、オフィスビルや商業施設を対象としたBEMS(ビルディング~)、工場などの産業施設を対象としたFEMS(ファクトリー~)などがあり、住宅を対象にしたシステムがHEMSという位置づけです。さらに通信ネットワークでそれらを結びつけ、より効率的な管理が可能となる電力ネットワークをさす「スマートグリッド」という概念も存在します。
また、発電・蓄電機能を備えたスマートハウスや、発電や蓄電システムを組み合わせて、住宅内で使用するエネルギー量以上のエネルギーを生み出すZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)への取り組みも進んでおり、HEMSはその中核を担うものとして重要性が高まっています。
図2 スマートコミュニティのイメージ
出典:経済産業省「スマートグリッド・スマートコミュニティ」
http://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/smart_community/
資源エネルギー庁の平成26年度エネルギー白書では、「第一次石油ショックのあった1973年度の家庭部門のエネルギー消費量を100とすると、2000年度には216.9まで拡大したが、その後の省エネ技術や環境保護意識の高まりに加え、震災後の取り組みの強化で、2013年度には203.7まで低下した」と報告されています。
図3 家庭部門におけるエネルギー源別消費の推移
出典:経済産業省「平成26年度エネルギーに関する年次報告」(エネルギー白書2015)【第212-2-5】
http://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2015html/2-1-2.html
家庭部門のエネルギー源の内訳を見ると、高度成長期がはじまったとされる1965年度には石炭が3分の1以上を占めていましたが、その後の国のエネルギー政策の転換もあり、1973年度では灯油、電気、ガスがそれぞれ3分の1を占めるようになり、2013年度には電力が51%と半分を超えています。
家電機器の普及やエアコンなど室内空調が電気で稼働するシステムへ置き換えられているため、住宅の電化率は上昇しています。
家庭部門における省エネに節電が寄与する部分は大きく、HEMSを中核として制度の整備やビジネスモデルの提案が進みつつあります。
HEMSには2つの側面があります。
まず第一が、家電をネットワークで結び、動作状態やエネルギー消費量を可視化(見える化)する側面です。
エネルギー消費量を数値で確認できるので、省エネルギー対策を実施した時のコストメリットを実感でき、そのことが省エネをさらに実施する動機付けとなっていきます。
HEMS導入家庭への聞き取り調査[参考*]においても、「見える化」機能を利用している人は、画面を頻繁に閲覧し、その情報をもとに、家族で節電に関する会話をすると回答しています。また見える化情報は重要であるとの認識を持っているという結果が出ており、見える化のみでも一定の効果が確かめられています。
もうひとつの側面が「制御」です。HEMS対応のサーバーに各機器の動作状況を集約し、各機器の使用電力量をコントロールするものです。昼夜別料金プランなど電力会社との契約状況や利用者の生活パターン、あるいは太陽光発電などの発電量や蓄電池の稼働状況などに基づいて積極的な制御を行い、さらにより広域を対象としたエネルギーマネジメントシステム(CEMSなど)と連携する場合もあります。
HEMSを構成する機器や規格は、「見える化」と「制御」の両面で役割を果たします。HEMSに関連するキーワードを以下に解説します。
通信機能を備えた電力量計は「スマートメーター」と呼ばれます。これを設置することで、リアルタイムの電力量モニタリングや遠隔検針、遠隔開閉などが可能になります。取得したデータを電力会社のデータ管理システムに送る場合をAルート、宅内のHEMS対応機器に情報を送る場合をBルート、電力データを利用してサービスを提供する第三者に情報を送る場合にはCルートと呼ばれ、HEMS導入にはBルートの情報送信が必要となります。
電力量計には検定合格証が必要で、その検定証には有効期限が定められています。電力事業者は期限が近づく電力量計を更新する形で、徐々にスマートメーターの設置を進めています。
たとえば東京電力では平成26~32年度までの7年間でサービス区域全てのメーターをスマートメーターに置き換えるとしています。
図4 スマートメーター導入イメージ図
出典:東京電力「スマートメーターについて」
http://www.tepco.co.jp/smartmeter/index-j.html
※赤矢印の部分が「Bルート」
HEMSの実現には、異なるメーカーの機器間でも通信が可能となるような、共通の通信規格(通信プロトコル)が必要となります。日本では白物家電製品、住設機器、センサーネットワークに適用可能な、エコーネットライト(ECHONET lite)が利用されています。この通信規格は、比較的低速・低容量で安価な設備系のネットワークを構築するため、家電メーカーや通信事業者が参加したエコーネットコンソーシアムにより制定されたもので、同コンソーシアムは、エコーネットのことを「スマートハウスを実現する通信プロトコル」としており、エコーネットライトに関しては「インターネットに対応し、より簡単で使いやすさを重視した通信プロトコル」であるとしています。
名称はEnergy Conservation and Homecare Networkの頭文字をとったもので、日本発の国際規格となっています。伝送路は、地上波アナログテレビ放送で使われていた920MHz帯の無線を利用したWi-SUNや、宅内の電力線に有線LANの信号を中継させるPLC(電力線搬送通信、Power Line Communication)が利用できます。
電力業界は自由化の途上にあります。長く地域独占だった電力事業において1995年には発電事業への新規参入が認められ、2000年からは工場や商業施設など大口の電力販売が自由化されました。2011年3月の東日本大震災による電力需要の逼迫で自由化の流れは大きく加速し、2016年4月から家庭や小規模事業者向けの電力小売事業への新規参入が可能となりました。
これを機に家庭のエネルギー使用量をコンサルティングし節約につなげる「省エネ診断」など、さまざまな電力ビジネスの登場が期待され、それに不可欠のシステムとしてHEMSの一層の普及が期待されています。
電力の安定供給は、電力会社にとって至上命題です。安定供給のためには、ピーク時の需要に対応できるだけの供給余力が必要です。ピークカット(ピーク値を下げること)ができれば、電力会社が抱える設備は小さくて済むことになり、長期的に見て電力料金の引き下げも可能となります。
電力使用量のピークが予想される局面では、その時間帯の電気料金を高くして需要を抑える方法と、その時間帯に節電を要請してそれに対してインセンティブを付与する方法があります。
特に後者はデマンドレスポンス(DR)と呼ばれます。いずれの場合でも、スマートメーターやHEMS機器による情報の共有と機器の制御が不可欠となってきます。
内閣府国家戦略室は、2012年11月にまとめたグリーン政策大綱(骨子)[参考**]の中で「世界最高水準の省エネのさらなる深化」のため「2030年までにHEMSを全世帯に普及させる」という施策目標を掲げています。
今後さらに普及を進めるには、いくつかの課題が考えられます。技術面に限っても、次のような課題が挙げられます。
第一は、これまでHEMSの技術開発の目的が省エネを主目的としていた点です。家庭の中に太陽光発電システムや電力の貯蔵庫としての蓄電池、電気自動車なども加わりつつあり、さらに高度な制御が求められています。開発余地は多いに残されています。
第二に、電力のマネジメントにのみ注目されていた点です。今後、家電製品だけでなく、環境負荷の大きいガスや灯油による暖房機や給湯器をHEMSの対象にすることが必要です。
もちろん、これら技術的課題のほか、消費者が購入するシステムであるからには価格の問題から離れることはできません。普及のためには、HEMSのメリットを高め、コスト的にも魅力あるものにする取り組みが引き続き求められています。
[1] 環境省."地球温暖化対策計画(案)".地球環境部会(第130回)・産業構造審議会産業技術環境分科会地球環境小委員会合同会合(第45回). 2016-03-04, http://www.env.go.jp/council/06earth/y060-130/mat03.pdf, (参照 2016-03-23).
[2] iエネ コンソーシアム. HEMSとは?. http://www.ienecons.jp/hems/, (参照 2016-01-20).
[3] 経済産業省. スマートグリッド・スマートコミュニティ. http://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/smart_community/, (参照 2016-01-20).
[4] 環境省. "対面診断におけるHEMSを活用した効果検証について". HEMS利用の価値向上のための調査事業検討会. 環境省. 2014, http://www.env.go.jp/earth/house/conf/hems_04/mat04.pdf, (参照 2016-01-20).
[5] 東京電力. スマートメーターについて. http://www.tepco.co.jp/smartmeter/index-j.html, (参照 2016-01-20).
[6] 資源エネルギー庁. エネルギー白書. 2015. http://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/, (参照 2016-01-20).
[7] 内閣府国家戦略室. グリーン政策大綱(骨子). 2012. http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/npu/policy09/pdf/20121127/shiryo4-1.pdf, (参照 2016-01-20).