環境分析技術

 環境分析技術とは、大気、水質、土壌・地下水、廃棄物などの環境中の試料を分析するための技術である。
 様々な環境問題の現状を把握し、今後の対策を考えるためには、大気、水、土壌・地下水、廃棄物などの環境の状況を正確に測定・分析することが必要である。例えば、地球温暖化対策の立案に当たっては、大気中の二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの濃度を測定することが必要になるし、大気汚染による健康被害を防止するためには、SOx(硫黄酸化物)、NOx(窒素酸化物)、光化学オキシダントなどの濃度を測定し、環境基準と比較することが必要である。環境分析技術には、こうした環境の状態をモニタリングするための様々な技術が含まれ、従来から分析化学等の分野で用いられてきた様々な分析技術が応用されている。
 図に示す例は、国立環境研究所で研究が行われた、毛糸を用いた簡易型の屋外大気捕集装置と最先端のGC-MS(ガスクロマトグラフ-質量スペクトル)によるダイオキシン類の分析結果である。環境分析には様々な要素が含まれることから、簡易な技術(ローテク)から最先端の技術(ハイテク)まで、あらゆる方法を用いて、技術の改良も進められている。

図 パッシブサンプラーによる屋外大気の捕集と高感度のGC-MSによるダイオキシン類の分析

図 パッシブサンプラーによる屋外大気の捕集と高感度のGC-MSによるダイオキシン類の分析
出典:国立環境研究所公開シンポジウム2009 「今そこにあるリスク」

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1.背景

1)環境分析の種類

 様々な環境問題の現状を把握し、今後の対策を考えるためには、大気、水、土壌・地下水、廃棄物などの環境の状況を正確に測定・分析することが必要である。例えば、地球温暖化対策の立案に当たっては、大気中の二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの濃度を測定することが必要になる。大気汚染による健康被害を防止するためには、SOx(硫黄酸化物)、NOx(窒素酸化物)、光化学オキシダントなどの濃度を測定し、環境基準と比較することが必要である。環境分析技術には、こうした環境の状態をモニタリングするための様々な技術が含まれ、従来から分析化学の分野で用いられてきた様々な分析技術が応用されている。 環境分析技術の具体的な利用分野は表1の通りである。近年では、分析技術の進歩により、以前は分析できなかったごく微量の物質の分析も可能になっており、環境中の有害物質の挙動がより正確に把握できるようになっている。また、分析感度の向上とあわせて、簡易で迅速な分析方法の研究も進んでいる。

表1 環境分析技術の利用分野(代表例)
分野測定対象例測定項目例
大気汚染大気(一般環境)、工場排ガス、自動車排ガスSOx(硫黄酸化物)、NOx(窒素酸化物)、光化学オキシダント、浮遊粒子状物質、臭気等
水質汚濁水質(河川、海域等)、工場排水pH、BOD、COD、窒素、りん、重金属、細菌(大腸菌群)、農薬等
土壌・地下水汚染土壌、地下水、底質ダイオキシン類、重金属(クロム、ヒ素、水銀等)、トリクロロエチレン等
廃棄物廃棄物焼却灰、最終処分場浸出水等ダイオキシン類、重金属(クロム、ヒ素、水銀等)
騒音・振動等道路沿道、工場敷地境界等騒音、振動等
その他の
各種環境試料
毛髪(ヒト、その他)、食品、生物試料重金属(水銀)、ダイオキシン類、PCB、残留農薬等

出典:各種資料を基に作成

2)環境分析技術の市場

 環境分析の測定対象には、大気、水質、土壌、地球、廃棄物などがある。日本分析機器工業会によれば、環境(公害用)分析装置の市場は表2のように、大気汚染関連(自動車排ガス、その他)、水質汚濁関連が中心になっている。さらに、ラボ用分析機器や作業環境用分析機器、食品関連分析機器など、表2では他の用途に分類されているが、環境分析に使われるという機器が、近年では増加傾向にある。環境問題の多様化にともない、環境分析のための技術もますますその範囲が広がってきている。

表2 平成20年度分析機器生産高・輸出高一覧(単位:千円)
機種生産高輸出高
金額対前年比金額対前年比
ラボ用分析機器電気化学分析装置3,605,48389.8279,93165.6
光分析装24,259,40586.48,240,32473.8
電磁気分析装置119,951,84679.848,798,67667.4
分離分析装置45,942,996105.317,299,67681.8
分解・蒸留・分離・濃縮・抽出装置869,452119.094,859874.8
熱分析・熱測定装置4,194,80793.5806,034106.6
専用測定装置4,497,36385.31,055,89071.5
その他(部品・付属品を含む)3,520,936105.5887,28091.4
206,842,28886.277,462,67071.5
環境(公害)用
分析機器
大気汚染分析装置(除自動車排ガス分析計)5,108,41191.21,120,30978.4
自動車排ガス分析計16,665,49499.88,195,862104.8
水質汚濁分析装置5,231,77492.71,468,78599.0
その他(部品・付属品含む)1,50015.800.0
27,007,17996.610,784,956100.4
プロセス用・現場用分析機器7,261,70387.42,136,02896.3
作業環境用・保安用分析機器8,994,42392.13,238,961120.3
医用検査機器・システム159,693,154111.0110,711,757117.5
自動化関連機器・情報処理システム2,434,717155.1565,014106.3
バイオ関連分析機器6,337,70984.85,744,58787.5
食品関連分析機器3,83060.40*<->
その他の分析機器1,775,159100.2699,812106.6
合計420,350,16295.4211,343,78593.5

*は前年度が実績0のため<->と表記

出典:(社)日本分析機器工業会ウェブサイト 「統計」
http://www.jaima.or.jp/01/06_15.htm


2. 技術の概要

 前述の通り、環境分析技術の種類とその適用範囲は多岐にわたるので、ここでは、大気、水質分野で使用される代表的な技術について述べるとともに、最近の新しい分析技術のトピックスを紹介する。なお、上空からの地表面を対象とした測定技術については「リモートセンシング」を参考にされたい。

1)大気分析技術

(1)硫黄酸化物の測定技術
 日本では、大気汚染防止法や自治体の条例等によって大気中の硫黄酸化物(二酸化硫黄)の環境基準が定められており、全国の測定局で二酸化硫黄の濃度がモニタリングされている。測定局は、一般局(一般環境大気測定局)と自排局(自動車排出ガス測定局)とに大別される(硫黄酸化物対策の概況については、排煙脱硫技術の解説も参照のこと)。この時の二酸化硫黄の測定は、大気汚染防止法施行令により紫外線蛍光法又は溶液導電率法によることが定められている。

[1]紫外線蛍光法
 紫外線蛍光法は、試料大気に比較的波長の短い紫外線を照射すると、紫外線を吸収して励起した二酸化硫黄分子が基底状態に戻る時に蛍光を発することを利用して、この蛍光強度を測定することで、試料大気中の二酸化硫黄の濃度を測定する。
 実際の測定系統図の例を図1に示す。試料の大気は流入口から流入し、フィルターでダストが除去された後、蛍光室に入る。蛍光室の中で光源部から励起光として波長220mm付近の紫外線を照射し、発生する蛍光を光電子増倍管で検出して、二酸化硫黄濃度に比例した電流値に変換する。励起光については光電素子等で検出し、励起光と蛍光の強度を比較演算する。この方法では、二酸化硫黄濃度0~数千ppmにわたり直線性がある。実際の装置の外観は図2の通りである。

図1 紫外線蛍光法の測定系統図の例

図1 紫外線蛍光法の測定系統図の例
出典:環境省ウェブサイト
「環境大気常時監視マニュアル 第5版 『第3章 大気汚染自動測定機』」
http://www.env.go.jp/air/osen/manual_5th/

図2 紫外線蛍光法による大気中二酸化硫黄測定装置

図2 紫外線蛍光法による大気中二酸化硫黄測定装置
出典:東亜ディーケーケー(株) ウェブサイト
「大気中二酸化硫黄測定装置 GFS-352型」
http://www.toadkk.co.jp/product_ex/taiki/m1/index2.html

[2]溶液導電率法
 溶液導電率法の原理は、試料大気を硫酸酸性の過酸化水素水溶液の吸収液に通じると、試料大気に含まれている二酸化硫黄が吸収されて反応によって硫酸になり、次式により吸収液の電気伝導率が増加することを基礎としており、この変化を測定することで二酸化硫黄濃度を測定する。

 H2O2 + SO2 → H2SO4

 測定系統の例は図3の通りで、試料はフィルターでダストが除去された後、ガス吸収部で吸収液に吸収され、吸収液の導電率の変化が電極により測定される。

図3 溶液導電率法の測定系統図の例

図3 溶液導電率法の測定系統図の例
出典:環境省ウェブサイト
「環境大気常時監視マニュアル 第5版 『第3章 大気汚染自動測定機』」
http://www.env.go.jp/air/osen/manual_5th/

(2)窒素酸化物の測定技術
 環境大気中の二酸化窒素濃度を自動的に連続測定する測定機としては、化学発光方式及び吸光光度方式に基づくものがあり、環境基準及び緊急時の措置に係る測定法としては、「二酸化窒素に係る環境基準について」(昭和53年環境庁告示第38号)及び大気汚染防止法施行規則第18条において、オゾンを用いる化学発光法又はザルツマン試薬を用いる吸光光度法を用いることになっている。

[1]オゾンを用いる化学発光法
 オゾンによる化学発光法は、試料大気にオゾンを反応させると、一酸化窒素から励起状態の二酸化窒素が生じ、これが基底状態に戻る時に光を発する(化学発光)ことを利用し、この化学発光の強度を測定することにより、試料大気中の一酸化窒素濃度を測定する。

[2]ザルツマン試薬を用いる吸光光度法
 ザルツマン試薬を吸収液とする吸光光度法では、N-1-ナフチルエチレンジアミン2塩酸塩、スルファニル酸及び酢酸の水溶液を吸収液として用いる。二酸化窒素は、水に吸収されると次式に示すとおり原理的に亜硝酸及び硝酸を等モル生成する。

 2NO2 + H2O → HNO2 + HNO3

 しかし実際には、亜硝酸の生成率は吸収液の組成、二酸化窒素濃度、吸収条件等に依存し、一般的には係数を含む次式で表される。

 NO2 + H2O → α・HNO2 + (1-α)・HNO3

 式中のαはザルツマン係数と呼ばれ、二酸化窒素が吸収液(ザルツマン試薬)に吸収され、反応して生成する亜硝酸イオン(NO2-)の量と初めの二酸化窒素(NO2)との生成比率(NO2-/NO2)である(日本ではα=0.84)。 ここで生成する亜硝酸をスルファニル酸と呼ばれる化合物と反応させ、ジアゾ化スルファニル酸塩として吸収する。このジアゾニウム塩は、発色剤であるN-1-ナフチルエチレンジアミン2塩酸塩とカップリング反応しアゾ染料を生成し、赤紫色に発色を示す。そこでこの発色を測定することにより、二酸化窒素濃度が測定できる。一酸化窒素は、ザルツマン試薬とは反応しないので、硫酸酸性過マンガン酸カリウム液を満たした酸化器に通じて二酸化窒素に酸化した後に同様に測定する。  図4に示すのは、この原理を応用して大気中の二酸化窒素を連続測定する装置である。

図4 大気中窒素酸化物測定装置

図4 大気中窒素酸化物測定装置
出典:東亜ディーケーケー(株)
「環境大気中窒素酸化物測定装置 GPH-104型」
http://www.toadkk.co.jp/product_ex/taiki/m2/index.html

2)水質分析技術

(1)水質管理と公害対策
 水質環境基準には、人の健康の保護に関する基準(健康項目)と生活環境の保全に関する基準(生活環境項目)の2つがある。
 健康項目は全国一律の基準で、カドミウム、鉛、六価クロム等、26項目である。これらはイオン濃度計や、ICP/MSなどの化学分析装置を用いて測定できる。
 生活環境項目の基準は、水域の利用目的に応じて異なる(詳細は、「水質監視(管理)」1.3)(2)「類型あてはめ(環境基本法)」を参照)。項目は、pH、BOD(Biological Oxygen Demand:生物化学的酸素消費量)、COD(Chemical Oxygen Demand:化学的酸素要求量)、TOC(Total Organic Carbon:全有機体炭素)、全窒素、全リン等、15項目である。

(2)イオン濃度計
 イオン濃度計(図5)は、イオン電極を用いて溶液中のイオン濃度を測定する装置で、他の化学分析機器に比べて簡単迅速、かつ自動測定が容易である。イオン電極とは、溶液中の特定のイオン濃度に応答する電極で、測定対象のイオンの種類によってフッ化物イオン電極、シアン化物イオン電極等がある。イオン電極は、適当な比較電極と組み合わせて測定溶液中に浸漬すると、イオン濃度に応じた電位差が生じる。一般的なイオン濃度計は、本体部に電位差計を内蔵しており、参照電極とイオン電極とからなる。
 イオン電極は、測定するイオンごとに異なるものを使用する必要がある。また、感応膜の構成によって、大きくガラス膜型、固体膜型、液膜型、隔膜型の4種類に分けられる。表3は、各電極とその特徴をまとめたものである。電極ごとに測定結果に影響を及ぼす物質(妨害物質)が異なる。

図5 イオン濃度計

図5 イオン濃度計
出典:東亜ディーケーケー(株)
「ポータブル水質計」
http://www.toadkk.co.jp/product_ex/p30/index.html

表3 イオン濃度計の電極の種類と測定できるイオン
電極の種類電極の構造主な測定イオン
ガラス膜型ガラス薄膜を感応膜とする電極Na+
固体膜型難溶性金属塩の単結晶、もしくは難溶性金属塩を主成分とする粉末を成形した膜を感応膜とする電極Cl-,Br-,I-,CN-,Cd2+,Cu2+,Ag+,S2-,F-
液膜型液体イオン交換体などを有機溶媒等に溶かして多孔性膜で保持したものや、高分子物質に染み込ませて保持したものを感応膜とする電極K+,Ca2+,NO3-
隔膜型イオン電極と参照電極を組み合わせたものを内部液中に設置し、ガス透過性膜で覆った電極NH4+,CO2

出典:各種資料を基に作成

(3)BOD計
 JISで定められたBOD測定は、20℃で5日間、暗所で培養して培養前後の溶存酸素量の差から酸素消費量を求め、BOD値を算出するものである(BOD5という)が、より迅速な手法(バイオセンサ法)や、JIS法と同じ測定条件ながら測定操作を効率化した手法(圧力センサ法)等もある。

[1]バイオセンサ法
 バイオセンサとは、化学物質や環境変化に対しての微生物等の生体応答を利用した化学センサである。
 図6(左)は、バイオセンサ法を利用したBOD測定器である。本体内の微生物膜を一定温度に保持してサンプルを流入させ、微生物膜透過前後のサンプル中の酸素量の減少度合いからBOD値を求める。これは、サンプルの有機物量によって、微生物の呼吸速度が変わることを利用したものである。有機物を含まない溶液を注入しても、微生物の酸素消費量は少ないままであり、酸素量はほとんど変化しない。一方、有機物を含む水を流入させると、微生物が有機物を摂取し、それに伴い酸素消費量が増加するため、酸素量が減少する。

図6 バイオセンサ式迅速BOD測定器(左)本体 (右)原理

図6 バイオセンサ式迅速BOD測定器(左)本体 (右)原理
出典:セントラル科学(株) ウェブサイト
「バイオセンサ式迅速BOD測定器Quick BOD α1000型」
http://www.aqua-ckc.jp/product2/bod.html

[2]圧力センサ法
 JIS法と同条件だが、サンプルの準備やサンプルの希釈操作、培養前後の溶存酸素の測定を省いて効率化する手法である。サンプル容器に圧力センサを接続し、5日間自動で、常時攪拌しながらサンプル容器内の圧力を検出して酸素を補給し、放出された二酸化炭素をアルカリ吸収剤で吸収する。

(4)COD計
 CODについても、手分析法や自動計測器の構成等についてJISで細部まで定められている。
 手分析法では、100℃における過マンガン酸カリウムによる酸素消費量、アルカリ性過マンガン酸カリウムによる酸素消費量、二クロム酸カリウムによる酸素消費量の3手法が示されている。特に、100℃における過マンガン酸カリウムによる酸素消費量は、工場排水のCOD測定に用いられており、自動計測器はこの公定を忠実に自動化した装置が多い。
 CODは、BODに比べて測定時間が短く自動測定機器が豊富なため、有機汚濁を測定する方法として一般的に用いられている。

(5)化学物質分析装置
 溶液中の化学物質の定性・定量分析を行う機器としては、紫外・可視吸光光度計、赤外分光光度計、蛍光光度計等が一般的である。近年は、河川水や工場排水等の分析にあたり、原子吸光光度計やプラズマ発光分析法が利用されることも多い。また、他成分を含む溶液の分析にあたっては、各種クロマトグラフ装置が利用されている。これらの装置は、分析サンプルの前処理、測定方法・測定結果の扱いに経験を要するなど、他の分析装置と比較すると、難しいものが多い。

3)最新の環境分析技術

(1)LC/MS(液体クロマトグラフィー/質量スペクトル)

[1]液体クロマトグラフィー
 クロマトグラフィーは、多くの成分の混合物から各成分を分離する方法である。最も単純なものでは、試料を含む溶媒をろ紙に滴下し、溶媒がろ紙上を流れていく過程で、ろ紙との相互作用の強さ(分配係数)により、各成分を分離するペーパークロマトグラフィーである。ペーパークロマトグラフィーは、固定相であるろ紙の表面を移動相である溶媒が移動していくものであるが、他のクロマトグラフィーでも固定相と移動相との分配を用いる原理は同じである。
 液体クロマトグラフィー(Liquid Chromatography)は、固定相として特殊な樹脂を充填したカラムを用い、その中を試料を含む液体が移動していく時の分配を利用して成分を分離・分析する方法である。流速が速く、分離能の高い高性能のカラムを用いる液体クロマトグラフィーを、高性能液体クロマトグラフィー(High Performance Liquid Chromatography, HPLC)と呼ぶことが多い。
 なお、移動相として、気体(ガス)を用いる方法は、ガスクロマトグラフィー(Gas Chromatography, GC)と呼ばれる。ガスクロマトグラフィーは揮発性の物質にしか利用できないが、液体クロマトグラフィーにはそのような制約がないことから、液体クロマトグラフィーの方がより汎用性の高い技術と言える。

[2]質量スペクトル
 質量スペクトル(Mass Spectrometry)は、その英語名からマス・スペクトルとも呼ばれる。真空中で微量の試料に電子を衝突させ、その衝撃で分子を分解し、様々な大きさの断片(フラグメントイオン)を生成させる。フラグメントイオンは電荷を帯びているため、電場をかけると、それぞれのフラグメントイオンがその大きさ(質量)にしたがって分離する。分子の構造によって、フラグメントイオンの生成パターンには固有のパターンが生じるため、得られたフラグメントイオンのパターン(質量スペクトル)を分析することにより、物質の化学構造や分子量を推定し、その存在量を定量することができる。このために利用される装置を質量分析器と呼ぶ。

[3]LC/MSまたはGC/MS
 最近の微量物質の分析では、液体クロマトグラフィーを行って分離した試料をさらに質量スペクトルで分析するLC/MS、あるいはガスクロマトグラフィー後の試料を質量スペクトルにかけるGC/MSが汎用されている。この方法では、2つの異なる原理を用いて物質を分離、分析することができるので、微量の成分であっても高精度で分析することが可能になる。
 最近の環境問題では、環境中の微量の化学物質の長期的な影響が問題となることが良くあるが、LC/MSまたはGC/MSはこうした微量分析のニーズに合致する技術である。

[4]質量分析法を用いたヒ素の定量
 ヒ素は有毒な重金属として知られているが、その毒性は化学形態により異なる。生体内及び環境中には図7のような様々なヒ素化合物が存在するため、ヒ素の分析では、化学形態別のヒ素の定量が重要である。国立環境研究所では、質量分析法を応用して、ヒ素の化学形態別の定量を行う方法を研究している。実際にラットにヒ素を投与したところ、ラットの胆汁中にCH3As(GS)2とAs(GS)3が存在していることが明らかになった(図8)。これらの化合物は、ヒ素化合物と生体内の解毒物質であるグルタチオン(GSH)との反応で生じたものであり、生体がヒ素に対する防御機構の一環として、ヒ素とGSHを反応させることにより、毒性の高い3価のヒ素化合物(3価モノメチルヒ素、3価ジメチルヒ素)の生成を抑えていることが示唆された。今後,質量分析によるヒ素の化学形態別分析が、ヒ素化合物の代謝機構ならびに毒性発現機構の解明に応用されることが期待される。

図7 自然界および生体内に存在するヒ素化合物の例

図7 自然界および生体内に存在するヒ素化合物の例
出典:国立環境研究所ウェブサイト
国立環境研究所ニュース 2008年6月号 「ヒ素の化学形態別分析における質量分析法の応用」
http://www.nies.go.jp/kanko/news/27/27-2/27-2-03.html

図8 ヒ素を投与したラットの胆汁中ヒ素代謝物のHPLC-ESI-MS分析

図8 ヒ素を投与したラットの胆汁中ヒ素代謝物のHPLC-ESI-MS分析
出典:国立環境研究所ウェブサイト
国立環境研究所ニュース 2008年6月号 「ヒ素の化学形態別分析における質量分析法の応用」
http://www.nies.go.jp/kanko/news/27/27-2/27-2-03.html

(2) ICP発光分光分析
 ICP発光分光分析法は、無機化学における分析技術として開発され、現在は環境分析の様々な分野で応用されている。ICPとは、高周波誘導結合プラズマ(Inductively Coupled Plasma)の略で、試料にプラズマのエネルギーを与えると、試料中の成分元素のエネルギーも上がり(励起)、その励起されたエネルギーがもとの状態に戻るときに特有の発光(スペクトル)が見られることをいう。したがって、試料にプラズマを照射し、得られたスペクトルを分析することで、含まれている元素の種類とその量が測定できる。複数の成分を同時に分析でき、高感度であるという特徴をもつことから、大気や水質試料の分析に利用されている。最近では、後段にMS(マス・スペクトル)を組み合わせて、さらに感度を高める方法も汎用されている。

4)環境分析技術のトピックス

(1)バイオアッセイ(生物検定法)
 環境分析技術は、物理化学的方法が主流であったが、生物学的な原理を利用した簡便な測定技術の開発も進んでいる。バイオアッセイは、生物又は生体分子を用いて特定の物質の検出、定量を行う方法の総称として用いられる。生物は、様々な化学物質や異物を認識し、それらに対して特別な反応を示すため、この反応をダイオキシン等の環境中の物質の検出に利用することで、化学的な分析方法よりも、高感度かつ簡便、低コストで目的物質を検出することができる。また、メダカやゼブラフィッシュ、植物といった生物そのものをバイオセンサとして利用する研究も進んでいる

(2)電子顕微鏡を用いた石綿含有廃棄物処理対策技術の評価
 環境分析技術は、環境基準の達成状況などを知るためだけではなく、環境対策技術の評価にも使用することができる。国立環境研究所では、透過型電子顕微鏡を用いて石綿含有廃棄物の処理対策技術の効果について研究している。従来の石綿の分析方法としては、位相差顕微鏡とX線回折法が一般的であるが、これらの方法では、0.4μm以下の微細繊維の観察ができないこと、石綿識別が難しいこと、0.1重量%以下の低濃度が測定できないという限界があった。一方、透過型電子顕微鏡を用いると、細い繊維の観察や石綿と非石綿の区別を確実に行うことができる。
 観察のフローは以下の通りで、無害化処理した石綿含有廃棄物を水に分散させてろ過し、電子顕微鏡用のサンプルとして調製し、電子顕微鏡で観察する(図9(上))。
 実際に石綿の一種で、毒性の高い角閃石系のアモサイトの顕微鏡写真、電子線回折、化学組成図の例と、熱処理物(溶融スラグ)の電子顕微鏡像を図9(下)に示す。アモサイトを熱処理すると、鉱物繊維は観察されますが、その電子線回折像から、この繊維はガラス化したケイ酸アルミニウムの一種であることから、石綿ではないことが確認できます。このような電子顕微鏡を用いた観察により、石綿含有廃棄物の処理方法の効果を把握することが可能になり、より適切な処理技術の開発につながる。

図9 石綿含有廃棄物の電子顕微鏡観察のフローと観察結果 図9 石綿含有廃棄物の電子顕微鏡観察のフローと観察結果

図9 石綿含有廃棄物の電子顕微鏡観察のフローと観察結果
(上:観察フロー、下:観察結果)
出典:国立環境研究所ウェブサイト
「環境儀No.31 有害物質対策としての無害化処理面での分析研究の成果 ―石綿含有物質とPCB化学処理を例に―」
http://www.nies.go.jp/kanko/kankyogi/31/10-11.html

(3)ローテクとハイテクの組み合わせによる新環境分析技術の研究
 国立環境研究所では、環境分析の効率化と高度化のために様々な研究を行っているが、その一環として、場所を選ばない簡単な大気のサンプリング方法と最先端の分析装置を用いた高精度の分析方法も研究している。
 その一つとして、図10(左)は、市販の毛糸を捕集材として利用することにより、揮発性物質を含む屋外の大気を簡便に捕集する方法を示している。こうした方法はパッシブサンプリング(受動的なサンプリング)と呼ばれ、大気濃度と捕集濃度の関係が必ずしも明確ではない欠点があるが、ポンプを使ったサンプリング方法との比較を繰り返すことにより、パッシブサンプリングの結果から大気濃度を求めることが可能になっている。
 一方、図10(右)は、ガスクロマトグラフよりも10倍以上の分離能力がある多次元ガスクロマトグラフと、高分解能の質量分析計(HRTOFMS)を組み合わせて、廃棄物焼却施設排ガス中のダイオキシンを分析した結果を示している。この方法により、微量かつ異性体が多く同定が困難なダイオキシン類の分析能力が飛躍的に向上すると期待される。
 以上のように、毛糸といういわばローテクの捕集材と最先端の機器分析というハイテクの両面からのアプローチによる環境分析の高度化も進められている。

図10 パッシブサンプラーによる屋外大気の捕集(左)と高感度のGC-MSによるダイオキシン類の分析(右)

図10 パッシブサンプラーによる屋外大気の捕集(左)と高感度のGC-MSによるダイオキシン類の分析(右)
出典:国立環境研究所公開シンポジウム2009 「今そこにあるリスク」


3.技術を取り巻く動向

1)VOC簡易測定技術の実証事業(環境省)

 環境省では、すでに適用可能な段階にありながら、その環境保全効果等について客観的な評価が行われていないために普及が進んでいない先進的な環境技術について、第三者機関が客観的にその技術を実証し、技術の普及を促進する「環境技術実証事業」を実施している。同事業は平成15~19年度まで「環境技術実証モデル事業」として試行的に実施され、平成20年度からは、「環境技術実証事業」として本格実施されている。
 この事業では、環境技術に対するニーズの変化を踏まえて、適宜、新しい技術分野の実証を行っているが、平成21年度からは「VOC簡易測定技術」の実証が開始されている。これは、VOC取扱事業所において、簡便にVOCを測定できるポータブル、可搬式の簡易測定装置等の実証を行なうことにより、事業者のVOC排出削減を促進することを目的としている。
 図11に示すのは、高分子の薄膜がVOCを吸収すると膨潤し、膜厚と屈折率が変化することを用いてVOC濃度を測定する方式(IER;干渉増幅反射法)のハンディ型簡易測定機器である。このような簡易な測定技術が現場で利用されることにより、VOCの排出削減だけでなく、職場環境の改善、溶剤コストの削減といった効果も期待できる。

図11 ハンディタイプのVOC簡易測定器の例

図11 ハンディタイプのVOC簡易測定器の例
出典:環境省ウェブサイト
http://www.env.go.jp/policy/etv/comm/05_k01_h20.html


2)大気汚染物質広域監視システム

 前述の大気汚染の測定局で測定されたデータは、ネットワークにより接続され、大気汚染物質広域システムとして、全国の測定結果を迅速にインターネットで提供できる体制が整備されている。このシステムは愛称「そらまめ君」と呼ばれ、環境省のホームページから閲覧することができる(図12)。このシステムでは、二酸化硫黄、二酸化窒素、光化学オキシダントの状況(速報値)を地域別に見ることができ、光化学オキシダント警報の発令状況なども知ることができる。

図12 環境省大気汚染物質広域監視システム(そらまめ君)のトップページ

図12 環境省大気汚染物質広域監視システム(そらまめ君)のトップページ
出典:環境省大気汚染物質広域監視システム(そらまめ君)ウェブサイト
http://soramame.taiki.go.jp/


3)各種の環境分析技術にかかるマニュアルの紹介

 「環境展望台」では、大気、水質、土壌など様々な分野の環境分析技術について、分析担当者などが分析方法の内容をすぐに確認できるように、各種の環境分析技術のマニュアルを紹介するページを開設しています(図13)。このページは、環境省や地方自治体、JIS規格による環境分析方法の一覧が掲載され、マニュアルを作成した機関へのリンクがはられている。

図13 環境分析マニュアルを紹介するページ

図13 環境分析マニュアルを紹介するページ
出典:環境展望台


引用・参考資料など

(2012年11月現在)