環境試料保存

環境問題が起きてしまうと、問題が起きる前の状況や問題が進行する過程を把握することは困難です。現在の環境の状況を示す試料や問題を引き起こす原因となる試料を保存しておくことで、過去の環境の再現や問題のメカニズムの研究、新たに開発される技術を利用した研究など様々な研究への利用を可能にします。

※掲載内容は2014年10月時点の情報に基づいております。
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1.環境試料を保存するワケ

環境問題が起きてしまうと、問題が起きる前の状況や問題が進行する過程を把握することは困難です。20世紀の後半になると重金属や化学物質による環境汚染、赤潮やアオコの発生が大きな問題になりました。化学物質の中には、現在はまだ知られていない毒性をもつものや、発がん物質や内分泌かく乱化学物質のように、曝露されてから影響が現れるまでに長い時間がかかるものもあります。赤潮やアオコは、微細藻類の大量繁殖現象によって引き起こされる環境問題です。そのため、現在の環境の状況を示す大気、水、土壌、生物などの環境試料や、問題を引き起こす藻類の保存株を研究試料として保存し、必要な時に利用できるようにしておくことが大切です。試料を保存しておくことで、過去の環境の再現や問題のメカニズムの研究、新たに開発される技術を利用した研究など様々な研究への利用を可能にします。

図1

図1 環境試料として二枚貝を採取する様子(出典:環境儀No.48[1]

2.国際条約からも期待される環境試料の保存

化学物質の中でも、環境中で分解されにくく、生物体内に蓄積しやすい有害な物質は、POPs(ポップス:残留性有機汚染物質)と呼ばれています。PCB(ポリ塩化ビフェニル)やダイオキシンなどの問題になった化学物質が挙げられます。化学物質対策に関わる国際条約「残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約」では、世界全体で協調しながらPOPsの廃絶や削減が図られています。

ストックホルム条約の中では、条約の有効性を全世界の環境モニタリング情報を定期的に集約して評価することが定められ、その手法には環境試料の保存が組み込まれています。モニタリングのために集めた試料を保存しておけば、各国の施策の効果の確認や、新たに条約に対象物質が追加された際の年変化の解明、自国で分析できる体制が整うまでの間の途上国試料の保管など様々な活用が期待されます。

POPs について知りたい!

POPs パンフレット (環境省)
POPsについて分かりやすく解説するパンフレット。ストックホルム条約や、対象物質の性質、日本における取り組みなどを解説しています。

3.世界の環境試料バンク

環境試料を保存する活動は、環境試料(Environmental Specimen)を銀行(Bank)のように保存することから、「環境試料バンキング(環境スペシメンバンキング)」と呼ばれます。また、環境試料を保存する施設は、「環境試料バンク(環境スペシメンバンク)」と呼ばれます。

環境試料バンキングは欧米諸国を中心に長い歴史を持っています。図2は世界の環境試料バンクの例です。1960年代にスウェーデンの自然史博物館に保存されていた鳥のはく製から、水銀汚染の歴史と鳥類減少との因果関係が明らかになったことをきっかけに保存が始まり、カナダ(1963年~)、アメリカ(1986年~)、ドイツ(1981年~)も長い活動歴を持っています。

図2

図2 世界の環境試料バンク(出典:環境儀No.48[1]

国立環境研究所の環境試料バンク

環境試料タイムカプセル
魚貝類、海底堆積物、大気粉じん、母乳、そして絶滅危惧生物の細胞といった遺伝資源などを保存しています。また、各国で整備されつつある環境試料バンクを紹介しています。

微生物系統保存施設
藻類や原生動物の保存株を保存して、国内外の利用者に提供しています。文部科学省が進める「ナショナルバイオリソースプロジェクト」では、藻類リソースの中核的拠点整備プログラムの代表機関として参画しています。

4.環境試料のいろいろな保存方法

試料を変質させずに長期間、安定に保存するためには、できるだけ低い温度で光や酸素による作用をおさえて保存することが重要です。例えば、動物の体にはたくさんの水が含まれていますが、このようなタンパク質などを含んだ水は-20℃でも凍らないため、長い間には変質が避けられません。しかし、-60℃前後まで温度を下げるとタンパク質などを含んだ水もほぼ凍り、変質も起こりにくくなります[1]。マグロなどの冷凍倉庫も-60℃前後の温度帯が使われています。

微生物の場合、単一の細胞を培養・増殖させた試料(保存株)を使って、様々な研究が行われています。定期的に植え継ぎを行うことでこの微生物保存株を保存する場合と液体窒素の中で生きたまま凍結保存する場合があります。様々な研究に利用できるように、組織的にこうした微生物保存株の保存を行って、利用者への提供を行っている施設をカルチャーコレクションと呼んでいます。

-160℃のタイムカプセル(環境試料、絶滅危惧動物の保存)

国立環境研究所の環境試料タイムカプセルでは、-60℃の大型の冷凍室に生物の個体や大気粉じんなどを保存しています。さらに、液体窒素で-160℃に冷やされた金属製のタンクにも試料を保存しています。氷の結晶構造が変化する(相転移を起こす)最低温度である-135℃より低い温度が理想的と考えられるためです[1]。この技術を使って50年以上安定して保存できる体制を作っています。

図3

図3 環境試料タイムカプセルの試料保存の例(出典:環境儀No.48[1]
粉砕された二枚貝の試料(左写真)はビン詰めされた後、液体窒素で-160℃に冷やされた金属製のタンク(右写真)に収納されます[2]

環境試料タイムカプセルの取り組みについて知りたい!

環境儀No.48 「環境スペシメンバンキング-環境の今を封じ込め未来に伝えるバトンリレー」
国立環境研究所が実施している研究を分かりやすく紹介する研究情報誌。 環境試料保存の歴史と現状を解説すると共に、成果の例を紹介しています。

絶滅の危機に瀕する野生生物種の細胞・遺伝子保存 (国立環境研究所生物・生態系環境研究センター)
絶滅危惧種の細胞や組織の凍結保存の状況を紹介しています。保存された試料は、絶滅原因の研究、感染症に関する研究などを通して絶滅危惧種の保全に役立てられます。

Youtube 国立環境研究所動画チャンネル「"Specimen Banking"で過去を保存する」
東京湾での海洋汚染調査では、当時の技術では分析できなかたウミネコ中の有機スズ濃度ですが、新たに開発された分析技術により保存された試料を再測定した結果、汚染の状況を知ることができました。

藻類カルチャーコレクション(微細藻類と絶滅危惧藻類の保存)

国立環境研究所の微生物系統保存施設では、継代培養と液体窒素の中で凍結保存する2つの方法で約3,000株の藻類保存株を保存しています。継代培養保存は、藻類の増殖が定常期を迎える頃に新鮮な培地に少量植え付けて増殖させるという方法です。種によって増殖速度が異なるため、次の植え継ぎまでの期間が異なります。また、培養液の組成や培養温度、光量などの培養条件が種によって異なるため、継代培養法は非常に手間のかかる保存法です。一方、藻類保存株の中には生きたまま凍結保存できる種類がいます。長年にわたり、藻類の凍結保存条件を検討することで、これまでに約1,000株の保存株を凍結保存しました。研究試料としての保存株を長期安定的に保存するために、これからも凍結保存への移行作業を進めていく必要があります。

図4

図4 微生物系統保存施設の試料保存の例(出典:環境儀No.43[3]
継代培養(左写真)と液体窒素中での凍結保存(右写真)により藻類が保存されています。

藻類カルチャーコレクションの取り組みについて知りたい!

環境儀No.43 「藻類の系統保存-微細藻類と絶滅が危惧される藻類」
国立環境研究所が実施している研究を分かりやすく紹介する研究情報誌。藻類のコレクションが始まったきっかけからその後の歩み、保存業務の概要、コレクションの特徴などを紹介しています。

希少動物の精子をフリーズドライ

京都大学では、精子をフリーズドライ技術で保存する方法が開発されました。フリーズドライは、インスタント食品を長期に保存するためにも使われる技術です。この方法では、精子に保存液を加えて急速に凍結し、真空状態で水分を昇華させ乾燥させ冷蔵庫で保存します。保存後の精子は、水を加えて元の状態に戻し、卵子と受精させたところ、フリーズドライ精子に受精能力があることが確認されました。フリーズドライ精子保存法は、これまで不可欠とされていた液体窒素や専用の保存容器が必要なく、冷蔵庫や常温で保存できることから、簡易・安全・低コストの遺伝資源管理が可能だけでなく、災害や事故から貴重な遺伝資源を守ることが可能になります。[4] [5]

南極やグリーンランドの氷から過去の地球環境を知る

南極大陸やグリーンランドは厚い氷「氷床」に覆われています。氷床は年代を追ってほぼ水平に重なっていて、それぞれの年代の大気に含まれる物質が冷凍保存されています[6]。氷床コア(氷のサンプル)を掘削することで、当時のまま変質していない物質を取り出すことができるので、過去の地球環境を知ることができます。氷床コアは一般に環境試料バンクと明示されていませんが、太古に至る地球環境のタイムカプセルであり、自然の環境試料バンクといえるでしょう。

図5

図5 深さ3028.52mから採取された南極氷床コア(出典:科学技術白書平成18年版[7]

南極の氷床について知りたい!

氷床コアからわかったことを知りたい!

ココが知りたい地球温暖化「氷床コアからわかること」 (国立環境研究所地球環境研究センター)
近年の温暖化は温室効果ガスの変動がきっかけになっていると言えますが、過去には気温の変動をきっかけとして温室効果ガス濃度が大きく変化する自然現象もありました。

氷床コア研究のニュースを検索する (環境展望台 検索・ナビ)
環境展望台の国内ニュース、海外ニュースに掲載された記事から氷床コアに関連する記事を検索します。

参考文献

[1] 国立環境研究所. 環境スペシメンバンキング-環境の今を封じ込め未来に伝えるバトンリレー. 環境儀. No.48. 2013. http://www.nies.go.jp/kanko/kankyogi/48/48.pdf, (参照 2014-08-15).

[2] 国立環境研究所環境試料タイムカプセル棟. 環境試料タイムカプセルとは. http://www.nies.go.jp/timecaps1/summary/objective.htm, (参照 2014-08-15).

[3] 国立環境研究所. 藻類の系統保存-微細藻類と絶滅が危惧される藻類. 環境儀. No.43. 2012. http://www.nies.go.jp/kanko/kankyogi/43/43.pdf, (参照 2014-08-19).

[4] 京都大学.災害に強い液体窒素不要の遺伝資源長期保存法の開発-長期保存したフリーズドライ(真空凍結乾燥)精子からラット・マウスの作出に成功-. 2012-04-10. http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/news_data/h/h1/news6/2012/120410_1.htm, (参照 2014-08-15).

[5] 京都大学.フリーズドライ(凍結乾燥)精子で希少野生動物保護-京都発・希少野生動物配偶子バンク-. 2013-08-27. http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/news_data/h/h1/news6/2013/130827_1.htm, (参照 2014-08-15).

[6] 国立極地研究所. 3035m! 南極氷床最深部の氷. 南極サイエンス基地. http://polaris.nipr.ac.jp/~academy/science/hyosyo/index.html, (参照 2014-08-15).

[7] 文部科学省編. 科学技術白書. 平成18年版. 国立印刷局, 2006, 387p.

(2014年10月現在)
2014年11月27日:掲載