バラスト水処理技術

 バラスト水処理技術とは、大型船舶が航行時のバランスをとるために船内に貯留する海水(バラスト水)に対して、混入している水生生物の分離・除去、殺滅などを行う技術のことをいう。
 一般に、コンテナ船やタンカーなどの大型貨物船は、積荷が空(から)または少ない状態となる航路において、出発港でバラスト水を汲み上げて船内のタンクに貯留し、航行中に船体が浮かび上がるのを防ぐ“おもし”として利用後、到着港で放出している(下図)。その際、バラスト水中に含まれる動植物プランクトン、海藻の断片、底生生物や魚類等の幼生や卵などが、バラスト水とともに新たな環境に移動・拡散し、本来その地域に生息していない「外来種」として生態系をかく乱するなどの悪影響を及ぼすことがあり、世界各地で問題となっている。
 2004年に国際海事機関(IMO)で採択されたバラスト水管理条約では、バラスト水を介した水生生物の移動・拡散による生態系のかく乱や健康被害を防止するため、バラスト水中のプランクトン等を死滅させるための処理装置の搭載を船舶に求めている。現在、オゾン処理や紫外線照射、磁気分離など、各種水処理技術を組み合わせたバラスト水処理技術の開発が進められており、今後、各国の所管当局の承認を経て、船舶に搭載される見通しとなっている。現在、日本でもこうした流れの中、バラスト水処理技術の開発と実証が進められている。

バラスト水による水生生物の移動

バラスト水による水生生物の移動
出典:国土交通省 報道発表資料(平成16年2月16日)
http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha04/10/100216/01.pdf

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1.背景

1)バラスト水と外来種問題

 人間活動の規模と範囲が拡大し、物流がグローバル化している中、コンテナ船やタンカーなどの大型貨物船は物資の輸送手段として大きな役割を果たしている。一般に、これらの大型船舶の多くでは、積荷が空(から)または少ない状態となる航路において、航行時のバランスをとるための“おもし”として出発地で海水を汲み上げ、船内の専用のバラストタンク内に貯留して航行後、到着地の港で、荷物の積載とともに放水している(図1)。このように利用される水は「バラスト水」と呼ばれ、国際海事機関(IMO)によると、全世界で年間約30~50億トンの海水が、バラスト水として運ばれているといわれている。
 バラスト水には、動植物プランクトン、海藻の断片、底生生物や魚類等の幼生や卵などが混入している。またバラスト水とともに港湾の底泥(動植物プランクトンの耐久性・休眠性胞子が多数含まれている)も取り込まれている。バラストタンク中の水生生物の大部分は輸送中に死滅するものの、一部の生き残った生物は、到着した港でバラスト水とともに放出される(図2)。こうして移動・拡散した生物は、本来その地域に生息していない「外来種」として生態系をかく乱するなど、地域の環境に悪影響を及ぼすことがあり、実際に世界各地で問題となっている

図1 大容量のバラストタンクを装備した大型貨物船

図1 大容量のバラストタンクを装備した大型貨物船
国立環境研究所ウェブサイト「いま地球がたいへん!」
http://www.nies.go.jp/nieskids/qa/project2/kosyou/q04.html

図2 バラスト水による水生生物の移動

図2 バラスト水による水生生物の移動
出典:国土交通省 報道発表資料(平成16年2月16日)
http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha04/10/100216/01.pdf

2)バラスト水による生態系などへの影響

 IMOによれば、現在、全世界で7,000種の水生生物がバラスト水を介して移動していると推定されている。1982年に、北米原産のクシクラゲがバラスト水により黒海に侵入し、アンチョビーの生息数に影響を与えたとの報告をはじめ、1988年には本来欧州に生息しているゼブラ貝が北米の五大湖に周辺の内陸水域で異常繁殖し、発電所の冷却水の取水口を詰まらせたことによって発電所を停止させた事例は有名である。それ以外にも、麻痺性貝毒を持つ有毒プランクトンがバラスト水によって持ち込まれ、水産業に被害を引き起こした事例や、海藻やヒトデがバラスト水により移動し、移動先で定着することで、現地生態系に影響を与えるなどの報告がある。

3)バラスト水管理条約

 バラスト水問題は、IMOが中心となって、1980年代から国際的な議論が進められ、2004年2月にロンドンで開催された会議において、「船舶のバラスト水及び沈殿物の規制及び管理のための国際条約」(バラスト水管理条約)が採択された。
 同条約では、船舶におけるバラスト水排出基準(表1)を示すとともに、バラスト水処理システムの搭載義務を定めている。これによると、表2のように、2009年以降に新たに建造される、バラスト水容量5,000トン未満の船舶から順次、処理システムの搭載が義務付けられ、2017年までに全ての船舶に掲載義務が課せられるという内容になっている。
 バラスト水管理条約の発効条件は、30カ国以上の国が受諾し、かつその合計商船船腹量が世界全体の35%以上に達してから12カ月後に発効するというものであり、2008年12月末現在、締結国は17カ国(合計商船船腹量15.35%)である。

表1 バラスト水排出基準
対象生物基準備考
動物プランクトン10個体/・3未満外洋の1/100程度
植物プランクトン10個体(細胞)/ml未満
細菌コレラ菌1コロニー/100 ml未満海水浴場並み
大腸菌250コロニー/100 ml未満
腸球菌100コロニー/100 ml未満

出典:国土交通省 報道発表資料(平成16年2月16日)
http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha04/10/100216_.html

表2 バラスト水管理システムの掲載義務

表2 バラスト水管理システムの掲載義務

出典:「バラスト水管理条約をめぐる国土交通省の取り組み」国土交通省,日本水産学会誌Vol.73(6)
http://www.jstage.jst.go.jp/article/suisan/73/6/1150/_pdf/-char/ja/

2.技術の概要

1)バラスト水処理の要素技術

 バラスト水の処理技術は、いくつかの水処理技術を組み合わせて、バラスト水及び底泥の沈殿物中に含まれる水生生物を分離・除去、あるいは殺滅させる技術であり、次のようなものがある。

  • 機械的処理(分離・除去)法:スクリーン、フィルターやハイドロサイクロンによる分離・除去
  • 物理的殺菌法:UV(紫外線)照射やオゾン処理、熱処理による殺菌技術
  • 化学的殺菌法:微生物を殺滅させる薬剤を用いた殺菌法

 実際に開発されているシステムでは、第一段階でスクリーンまたはハイドロサイクロンを用いた分離・除去処理を行い、その上で、第二段階としてUV照射などによる殺菌処理を行うというような2段階のシステムが使われている。
 なお、こうした処理システムを搭載するまでの暫定的な対応としては、バラスト水中の水生生物による影響が港湾に及ばないように、外洋でバラスト水を交換する方法がある。

2)IMOによるバラスト水処理技術の基本承認

 IMOではバラスト水管理システムの要件を定めたガイドラインを制定し、ガイドラインに適合する技術の基本承認を始めている。
 これまでのところ、スウェーデン、韓国、日本などで開発された技術が基本認証を取得しており、各国の所管官庁の型式承認を受けるための準備を進めている。
 これまで採用された技術は、殺菌方式を用いるシステムが多い。例えば、スウェーデンの企業が開発した技術は、光触媒(二酸化チタン)に紫外線を照射してヒドロキシラジカル(OHラジカル)を生じさせ、微生物を殺す方式である。また、日本海難防止協会等のグループが開発した技術は、オゾンによる殺菌や“Special Pipe”と名付けられた複数の間隙をもつ板を内蔵したパイプ内を海水が通過する際の剪断力によりプランクトン等を死滅させるシステムである。
 これに対し、別の企業が開発したシステム(磁気分離方式、図3)は、凝集剤と酸化鉄を使ってバラスト水中の細菌やプランクトン、混入している泥などを小さな塊(フロック)にして、それを磁石で集めて取り除く方式である。この方式は、殺菌に用いる薬品による二次汚染がなく、泥なども同時に取り除くためバラストタンクが腐食しにくい利点がある。さらに、磁性材を再利用するシステムも開発中で、これが実現すればランニング・コストの低減が可能とされている。

図3 磁気分離法を用いたバラスト水処理技術

図3 磁気分離法を用いたバラスト水処理技術
(上)船上試験装置の外観、(下)処理フロー
出典:(株)日立プラントテクノロジー ニュースリリース(2008年4月7日)
http://www.hitachi-pt.co.jp/news/2008/20080407.html

3)バラスト水管理システムの型式承認の動き

 前述の通り、バラスト水管理条約では、バラスト水管理システムの技術要件が定められており、主管庁の承認を受けることが規定されている。日本では、条約を国内法体系に取り入れた後に型式承認が実施される予定であるが、現在のところ未発効であるため、承認は行われていない。しかしながら、他国では既にバラスト水管理システムの型式承認を開始しているため、日本でも条約発効前にバラスト水管理システムの承認を行なうことになり、2008年1月22日から承認手続きが開始された。国土交通省のホームページには、バラスト水管理システム施行前試験手順が掲載され、施行前試験申請、書類審査、環境試験、陸上試験、船上試験等の手続きが定められている。
 こうした背景のもと、2008年11月には民間企業による船舶用バラスト水管理システムの船上実証試験が開始された(図4)。このシステムでは、注水時に高性能フィルターが、大半の海洋生物を生きたまま取り出し、元の生息海域に戻すとともに、フィルターを通過した小型プランクトンや大腸菌などの細菌類を酸化剤(次亜塩素酸ナトリウム)で殺菌する。この段階でも死滅しない細菌は、次のキャビテーションと呼ばれるステップで処理される。キャビテーション装置内では、海水が流入する経路を急激に絞った後、即座に開放することで気体の泡を発生させ、気相と液相との間に働く剪断力によって、プランクトンを粉砕する。また、排水についても、中和剤(亜硫酸ナトリウム)で無害化してから排水する。このシステムは、今後、実証試験の結果を踏まえて、バラスト水処理技術としての承認を受けることを目指している。

図4 船舶用バラスト水管理システム(JFE-Ballast Water Management System)の概要

図4 船舶用バラスト水管理システム(JFE-Ballast Water Management System)の概要
出典:JFEエンジニアリング(株) プレスリリース(2008年10月29日)
http://www.jfe-eng.co.jp/release/pdf/081029_02.pdf

3.技術を取り巻く動向

1)バラスト水等で越境移動する海洋生物に関する研究

 国立環境研究所では、環境省の地球環境研究総合推進費「大型船舶のバラスト水・船体付着で越境移動する海洋生物の動態把握と定着の早期検出」の中で、有害植物プランクトン移入種の定着・拡散とバラストタンク内堆積物の動態に関する研究を行っている(図5)。この研究により、バラスト水の中から各種の有害な植物プランクトンを検出する手法が確立され、これを適用することで、様々な有害植物プランクトンを迅速に検出することが可能になった。こうした研究を通じて、移入生物の拡散経路が明らかになり、定着の早期検出や、移入生物対策の改善がもたらされると期待される。

図5 大型船舶のバラスト水・船体付着で越境移動する海洋生物に関する研究の概要

図5 大型船舶のバラスト水・船体付着で越境移動する海洋生物に関する研究の概要
出典:環境省 地球環境研究総合推進費 パンフレット
http://www.env.go.jp/earth/suishinhi/

2)侵入生物の生態リスク評価と対策に関する研究

 バラスト水に含まれる外来生物の問題は、人や貨物の移動にともなう“非意図的な随伴生物”による人の健康や生物多様性に関する問題の1つといえる。国立環境研究所では、環境省の地球環境研究総合推進費の中で、「非意図的な随伴侵入生物の生態リスク評価と対策に関する研究」を行っている(図6)。
 この研究では、淡水無脊椎動物(カワヒバリガイ等)やカエルツボカビをはじめとする様々な随伴生物について、その侵入実態と生態学的特徴を明らかにするとともに、生態系や人間生活に対する影響評価を行っている。

図6 非意図的な随伴侵入生物の生態リスク評価と対策に関する研究

図6 非意図的な随伴侵入生物の生態リスク評価と対策に関する研究
出典:環境省 地球環境研究総合推進費 パンフレット
http://www.env.go.jp/earth/suishinhi/

引用・参考資料など

(2009年6月現在)