御神木が示す大気清浄度の歴史―今は工業化後の回復途上段階
発表日:2025.11.26
名古屋大学大学院生命農学研究科と環境学研究科、アジア大気汚染研究センター、広島大学の共同研究グループは、中部日本の御神木2本の年輪に含まれるイオウ安定同位体比(δ34S)を分析し、1500年代から現代まで500年間の大気中イオウの起源変化を明らかにした。本研究は、産業革命以前の清浄な大気と現代の大気を比較し、工業化による影響の長期的な痕跡を示すものである(掲載誌:Biogeochemistry)。
イオウ酸化物は酸性雨の原因物質であり、近年排出量は減少しているが、現代の大気がどの程度回復したかは未解明であった。氷床コアによる全球的研究は存在するものの、地域スケールの長期変動を示す記録は乏しかった。樹木年輪は地域の大気や土壌の変化を精密に記録する「自然の記録帳」であり、イオウの安定同位体比は発生源の特定に有効である。本研究では、岐阜県瑞浪市の大湫神明神社の樹齢約670年の大杉と、三重県伊勢市の伊勢神宮の樹齢約500年の神宮杉を対象に、幹試料を5年ごとに分割し分析した。結果、工業化以前はδ34S値が高く安定していたが、日本で化石燃料消費が始まると急激に低下し、その低い値は倒木直前まで続いた。1970年の大気汚染防止法改正後、排出量は減少したものの、年輪の値は工業化前より低く、人為起源イオウの影響が残存していることが示された。
研究者は、現代の大気は工業化以前の清浄度に達していない可能性、また過去に排出されたイオウが土壌に蓄積し、長期的に循環している可能性を指摘している。この成果は、気候変動対策や大気保全の指標づくりに資すると述べている。