イッカクが水中録音機器に接触—係留系観測の安全性に疑問
発表日:2025.12.15
北海道大学北極域研究センターと国立極地研究所、北海道大学大学院水産科学研究院らの研究グループは、北極海に生息するイッカク(Monodon monoceros)が水中録音機器に繰り返し接触していることを発見した。この結果は、海洋観測で広く用いられる係留系の安全性に疑問を投げかけるものである(掲載誌:Communications Biology)。
海洋観測の方法の一つに、海底に機器を固定して自動的にデータを記録する「係留系」がある。この仕組みは、水温計や塩分計に加え、水中録音機器を取り付けることで、海棲哺乳類の鳴音を記録し、分布や行動を調べる方法として普及している。本研究は、北極域研究加速プロジェクト(ArCS II)の一環として、イッカクの鳴音から行動生態を把握することを目的に実施された。調査は2022年8月から2024年5月まで、グリーンランド北西部イングレフィールド湾で行われた。海底190〜400mの3地点に水中録音機器を係留し、20分ごとに4.5分間の間欠録音を行った。その過程で、イッカクが録音機器に繰り返し接触していたことが判明したのだ。
得られた録音は4,000時間以上に及び、その中でイッカクによる接触音が247回確認された。間欠録音であるため、実際には夏季の約2か月間で最大約484〜613回の接触があった可能性がある。録音には「ノック音」や「擦る音」が含まれ、イッカクが機器に体を当てたり擦り付けたりしたと考えられる。さらに、餌を捕る際にエコロケーションクリックス(反響音を使って周囲を探るクリック音)が機器付近で増大する様子も記録された。接触は3地点すべてで確認され、偶発的ではなく反復的な行動であることが示唆された。研究グループは、イッカクが好奇心や餌探索の過程で機器に近づいた可能性を指摘している。
今回の結果は、係留系が野生動物の行動に影響を与えるリスクを示すものであり、「係留系」観測手法の再検討が必要である。研究者は、係留ロープを短くするなどデザインの工夫により影響を最小化できると述べている。また、観測機器が野生動物の行動に影響を与える可能性も想定されるため、両者の相互作用を理解することは、データの偏りを防ぎ、海洋観測の精度や解釈の信頼性を高めるうえで重要と考えられる。