もともと企業に多く取り入れられてきた国際的な環境マネジメントのしくみISO14001を、都立高校として初めて取得したのが2004年3月のこと。以来、環境の取り組みを進めてきた東京都立つばさ総合高等学校(以下、つばさ総合高校)を訪ねました。
東京の湾岸近くに位置するつばさ総合高校は、2002年に開校した新しい高校です。
この学校のISOの取り組みの最大の特徴は、環境活動を進めるISO推進委員会に生徒が参加していること。ISO事務局の荘司孝志先生によると、ISO14001を取得している高校が全国で30校近くあるなかで、生徒を組織の中心に入れることで「つばさらしさ」を出したのだそうです。
推進委員会のメンバーは、生徒(生徒会役員とISO委員会※1)・教職員・保護者で構成され、その下に全教職員・全校生徒が位置しています。
学校組織の中で生徒と先生が同じ委員会の「委員」という立場で議論をするというのは、とても珍しいと荘司先生は胸を張ります。
「学校はふつう、先生が生徒に“教える”ところなのですが、環境に関しては先生がすべて知っているかというと、そうではない。だから、つばさの環境活動は『先生たちも一緒に学びましょう』という考えで行っているんです」
これまでの学校にはないタイプの組織なので、推進委員会で決まったことを職員会議で報告するなど、活動に対する理解を求めるためには根気強さも必要です。
また、保護者代表のPASTA※2のメンバーも推進委員会に参加していて、先生や生徒が学校の外で発表するときに同行したり、講演会の企画・準備などを手伝ったりしているそうです。
将来的には、推進委員会に地域の人も加わってもらえたらと、ISO事務局では考えています。
学校で環境活動を行うにあたって、ISO14001を取り入れることの利点には、「国際規格なので外部にアピールできる」「校長先生をはじめ、全校生徒、教職員が活動に関わることが条件なので、全校的な活動になる」などが挙げられます。なかでも、組織の状況に合わせて、現実的で具体的な数値目標を立てて管理していくので、活動成果を評価しやすいのがいいところです。評価は年に1回、外部の方による審査によって行われます。審査の当日は、生徒も含めてISO推進委員会の全員がインタビューの対象となり、1年間の活動が、数値目標に対して計画どおりに実行できていたかどうかを審査されます。
つばさ総合高校が定めている数値目標は9つ。もちろん目標に向けての努力は必要ですが、どれも実現可能なものばかりです。
教員、事務、養護も含め、教職員全員が授業や自身の仕事の中で、環境をテーマにひとつ以上の取り組みをすることが明記されています。たとえば、2007年度は数学の授業で、紙の使用枚数に応じて伐採される木の本数を算出するという環境授業を取り入れた先生がいたそうです。また、映像メディア表現の授業では、つばさ総合高校が環境問題に取り組んでいることをアピールする新聞広告をキャッチコピーも含めて制作するという課題を取り入れ、とても質の高い広告作品がつくられたとのこと。
授業科目名 | テーマ | 内容 |
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国語総合(現代文) | 文明と自然破壊を扱った文章を読み自分の問題として考える | 『季節』(内山節著)を読み、「人間は自然の恩恵を受けながら暮らしているので、どんなに文明を発達させても季節と共存し、季節としての時間の流れを引き受けなければならない」ということを理解することに努めた。 |
世界史A | 近代世界システムと環境問題 | 19世紀以降、帝国主義の成立とほぼ同時期に近代世界システムが構築され、その結果アジア・アフリカの経済が先進諸国の経済発展に優先利用され、現在の環境破壊にも歴史的につながっていくという内容を、事例を交えて紹介した。 |
地理 | 食料問題と環境問題について | 「耕作放棄地」が急増しているという新聞記事を教材に、現在の日本農業が危機的状況にあることを「耕作放棄地」をキーワードとして理解する。わずかではあるが有効利用に取り組んでいる事例を紹介する。食料自給率の低下、農地の荒廃に至る点を理解する。 |
数学A | 手計算による紙資源及び車社会の実態把握 | 国内の新聞購読による年間の木材消費量や、日米における国民一人あたりの車の保有数、単位面積当たりの車の台数等の比較を手計算で行い、生徒が実感をつかむことを狙いとした。またその中で生徒が身の回りで取り組むべき対策を考えさせた。 |
化学Iα | 薬品の廃棄における環境 | 化学では実験の際に多種多様の薬品の廃液が出る。そこで実験による廃液をなるべく少なくするための研究を行い授業で実践した。 |
映像メディア表現 | つばさ総合高校が環境問題について考えていることをPRする新聞広告をつくろう | コンピュータデザインの一環として、つばさ総合高校が環境問題に取り組んでいることをPRする新聞広告(全5段・全3段)を制作。生徒一人ひとりが世界中の環境問題を調べて1つのテーマを選び、キャッチコピーを添えてメッセージ性を高めた。 |
英語II | 地球温暖化、環境破壊に関しての英読・理解 | 子供向けのTIME誌から、「大気が最も汚染されているのはどこか」「海底のごみで1番多いのは何か」「なぜ地球温暖化になるのか」「オゾン層とは何か」の記事を読んで理解した。日常生活でどんな工夫をして環境問題に取り組めるのかを考え、発表した。 |
調理 | エコクッキング | 調理による環境負荷を調査し、環境にやさしい調理というテーマで調理計画を立てる。この際、使用した水、ガス、電気量を全て記録し、廃棄量も測定する。結果を班ごとに整理、比較、考察し、発表した。 |
福祉部 (家庭科クラブ) |
スーパーエコタウン見学 | 大田区城南島にあるスーパーエコタウンに行き、企業ゴミのリサイクルの実態について学習を深めた。建設廃材リサイクル工場、家電リサイクル工場、医療廃棄物リサイクル工場の3社を見学した。 |
講演会は毎年10月の始め、後期の始業式の後に企画されます。開催日を「始業式と同じ」と決めることで、学校行事として位置づけやすくなっています。2008年度は、前年度に韓国でつばさ総合高校の環境ISO活動について紹介した東海大学の学生を講師に招き、韓国訪問の様子(つばさ総合高校の取り組みに対する反響など)を報告してもらう予定です。大学生が講師だと生徒との距離感も近く、親しみやすいですね。
交流のための自主事業として、毎年つばさ総合高校主催の「高校生環境サミット in Tokyo」を開催しています(会場は同校)。
この他、つばさの生徒が他校主催の環境フォーラムなどに参加することもあります。
つばさ総合高校のホームページ( http://www.tsubasa-h.metro.tokyo.jp/sb/ )内に設けられたISO活動のページに、日々の活動が綴られています。情報を公開することで、誰でも参考にすることができます。
ISO推進委員会の生徒が主体となって、他校や環境関連施設の見学・訪問を行っています。2007年度は千葉県柏市内の高校を訪れ、同県のゴミ処理場を見学しました。
つばさ総合高校の電気使用量は、2003年度と比較して2007年度には20万kW、約15%の削減に成功しています。金額に直すと約400万円は減っていることになります。
同校では、教室の電気は消えているのが普通の状態で、使うときだけ灯けるのがあたりまえになっている様子が取材時にもうかがえました。
各教室からゴミ箱をなくし、校内に6カ所の「分別ステーション」を設置。これにより、活動開始当初と比べて、ゴミの量が80%削減りました。
年度末に、ISO活動に関する理解度や環境意識の変化を知るためのアンケートをすべての教職員と生徒に対して行い、次年度以降の参考にしています。アンケート調査は、ISO推進委員会の生徒が担当します。
主に紙の使用量削減に取り組んでおり、取り組み前より20万枚くらいは減っています。ただし、紙の使用量減は、学校活動があまり活発ではないという見方もできるので、数値目標の立て方が難しいとのことです。
つばさ総合高校のISO14001は、全校生徒・教職員が、日常の学校生活の中で無理なく環境活動に参加できるように、しくみを工夫してあります。
たとえば、「ゴミの再資源化と減量」に取り組むため、2003年12月に教室内のゴミ箱をすべて撤去し、分別ステーションを各階の廊下に設置しました。これにより、すべての生徒・教職員が、ゴミを捨てるという日常の行動の中で、自然に“資源の分別”というISO活動に参加できるようになっています。
もし、校内に分別の必要がないゴミ箱を置いたまま分別活動を始めたら、分別する人、しない人のばらつきが出てしまったでしょう。分別をしている人が「分別をしないという選択もあるのに、わざわざ手間をかけて分別している」という意識を持つと、「環境=大変で手間がかかる」という特別意識がどうしても出てきてしまいます。しかし、こうして学校生活にあたりまえのルールとして組み込むことで、無理なく環境配慮が行われ、毎日の積み重ねによって、それがあたりまえだと思えるようになっているのです。
分別ステーション化で、2004年度のゴミの量は劇的に減りました。さらにリサイクルを進めるため、2005年度からは生徒有志のボランティアによる燃えるゴミの再分別が始まり、それによってプラスティックゴミが削減しだしたそうです。ISO委員会が設立された2006年度以降は、ISO委員会の生徒が中心となって再分別しています。
つばさ総合高校は、学内の活動にとどまらず、他校との交流や外に向けた情報発信も積極的に行っています。そのひとつが、同校主催の「高校生環境サミット in Tokyo」。
なんとこのサミットは、生徒のアイディアで始まったものでした。大人が決めた環境目標は「年に1回、環境について他校との交流をする」というもので、ISO事務局の荘司先生も「つばさと同じようにISO活動をしている学校と一対一で交流をしたらどうだろう」と考えていました。ところが、2004年度のISO推進委員で生徒会長だった生徒が「せっかくなら1校ではなく、多くの高校と同時に交流しよう」と提案し、「第1回高校生環境サミット in Tokyo」を開催。以来、恒例行事となったのです。第2回目以降は参加者が200人以上になり、生徒たちは、ホストとしてたくさんのゲストを迎えるにあたっての姿勢、運営について気を配るようになっています。
2008年6月に開催された第5回環境サミットでは、同年7月開催の洞爺湖サミットを意識した基調講演『地球温暖化はもう止められないのか?』をはじめ、染色したひもを使ったミサンガ作り、廃品を利用したしおり作りなどの体験プログラム、環境活動を行っている5つの高校の発表、企業やNPOのパネル展示が行われました。同校の屋上で育てたハーブを使ったケーキを振る舞うといったお楽しみ企画もあり、まるで環境をテーマにした文化祭のようです。
サミットは、都立高校200校と近隣の人たち、同校とつき合いのある地元企業や行政、NPOに案内を出し、350名ほどが参加したそうです。
つばさ総合高校からは、全校生徒の1割にあたる約70名が企画・運営及び当日参加として関わっています。
こうした交流・発信を続けることで、近隣の企業や自治体、NPO、大学、高校などとのつき合いが広がっています。企業に出かけて行って活動報告をしたり、他の高校が主催する環境フォーラムに参加したりする他、日本最大の環境見本市「エコプロダクツ展」にも参加しています。
校外に出ていくことで、「何が問題」「何をすべき」という教科書的情報ではなく、日々変化している「いま」の環境情報が入ってきて、より自分の日常や進路に結びつけて環境をとらえることができるようになります。
ISO委員会の副委員長で、高校2年生の園田慧美子(えみこ)さんは、ISO委員会に参加するようになった理由を次のように話してくれました。
「つばさ総合高校に入学したのは、普通科の高校にはない“ちょっと変わった科目”が履修できるからだったのですが、希望する科目をすべて取ることはできなかったんです。そこで、それ以外の“つばさっぽい”活動は何かなと考えて、環境ISOをやろうと思ったんです」
ISO14001取得から4年目を迎えた2008年。生徒は「環境=つばさらしい活動」と感じているようです。入試の面接でも、志望理由に「環境への取り組み」を挙げている生徒が多いとのこと。環境系の学科への進学を希望する生徒も増え、学校開設から5年経ち3回目の卒業生を出した今では、つばさでISO活動に参加した卒業生が大学でも環境活動に参加し、それをつばさ総合高校の環境サミットで発表するということも始まっています。
一方で、環境に関する授業をやっていることを自覚していない生徒が意外に多いというアンケート結果もあります。学校生活のしくみのなかに環境活動を取り入れ、数値目標を達成することには成功しましたが、「環境」をより良くしていこうという気運をさらに高めていくためにはもうひと工夫が必要と、ISO推進委員会では考えているようです。
つばさ総合高校では、これからもっと地域を巻き込み、学校を「環境ステーション」にできればと考えています。地域との交流により活動を学校の外に広げ、「つばさっぽい=環境」をもっと印象づけていければいいですね。
2002年、都立高校としては2番目の「総合学科高校」として生徒受け入れを開始。ISO14001を取得している数少ない都立高校のひとつです。羽田高校と羽田工業高校の2校があった敷地を使用しているため、都内の普通高校と比較して2倍近い敷地面積を誇り、校庭には400メートルトラックもあります。学科は自由選択制。1年生で基礎科目を学習し、2、3年生では生徒の関心や進路希望に合わせて、芸術・デザイン、生産・テクノロジー、情報・サイエンス、スポーツ・福祉などの中から、さまざまな教科が学べるのが特色です。卒業後の進学率は高く、芸術・福祉医療から経済社会まで幅広い実績があります。選択教科によっては、介護、手話、簿記やパソコンなどの技能を身につけ、資格をとることもできます。部活動も盛んで、サッカー、陸上、武道、吹奏楽、クッキング、イラストレーション部などがあります。全校生徒数は720人。
※ つばさ総合高校では、2、3年生の教室に机がありません。開放的なスペースにイスを並べて朝のホームルームを済ませると、各自選択クラスの授業に向かうようになっています。