生徒たちが環境問題をテーマにした科学技術の研究に主体的に取り組み、オリジナルな成果を次々と内外に発表している学校があります。こうした研究がどのように進められ、生徒たちはどんなことを学んでいるのか、取り組みの実態を探ってみました。
「一人ひとりが ダ・ヴィンチになる」。東京都立科学技術高等学校(以下、科学技術高校)の学校案内には、こんなキャッチフレーズが書かれています。
科学技術のことを基礎から学ぶことに力を入れている科学技術高校では、1年生のカリキュラムの中に学校設定科目の『科学技術と人間』という授業があり、『科学者はどうあるべきか』ということを学んでいます。2年生の後期から取り組む「課題研究」のカリキュラムでも、大学の卒業論文のようにそれぞれの生徒が自分の関心に基づいてテーマを選んでいます。
理論、実習、研究という3段階を行うことでつながりを重視した科学技術を学ぶことが同校の特徴の一つで、その成果を発表する機会を多く作り、可能であれば外部に向けて発表する方針なのです。
課題研究のテーマは環境に限りませんが、社会とのつながりや研究の成果を社会に活かすための視点を学ぶ過程で、今日的な課題に対する関心が高まり、環境問題の解決のための研究に取り組んだり、環境に配慮した視点を意識したりするようになります。例えば、「小型模型自動車を用いた代替エネルギーの研究」「太陽電池の性質について」「水生生物の研究~環境問題によって引き起こされる食物連鎖崩壊~」など環境に関するテーマも多くみられます。
科学技術高校の研究発表をリードしている存在として、「科学研究部」があります。科学研究部は同校最大のクラブ活動で、約60名の部員が生物化学班と物理班に分かれてユニークな研究活動を行っています。
例えば、枯葉などの廃棄物を利用して金属吸着を行い水質浄化に利用する研究、あるいは砂漠緑化のための保水力の高い材料に関する研究などです。2008年8月に学校の合宿で三宅島に行ったあとには、すぐに火山性のSO2(二酸化硫黄)ガスが植物に与える影響について調査する研究が始まりました。
科学研究部では、1年生で入部するとまずは2、3年生のテーマを手伝うことでスキルをみがき、2年生になる頃から各自が独自のテーマを持つようになります。顧問の先生に実験計画を相談しながら、また他の生徒たちと連携しながら研究を進めていきます。研究はそれぞれの考え方やアイデアに沿って主体的に進めていき、顧問の先生も問題が発生する心配があるときを除いて具体的な指導は行わないため、オリジナルな成果が出てくるのです。
中学生のときに行った水質調査がきっかけで科学技術高校への進学を希望し、入学後には迷わず科学研究部に入部したという3年生の笠原敬弘くん。このクラブで代々引き継がれてきた枯葉の研究にヒントを得て、現在はフリーズドライさせたみかんの皮を素材に吸着の研究をしています。水質浄化という点では微生物分野にも関心があり、授業の課題研究では納豆菌を使った研究をしているそうです。
「科学研究部は、いろいろな人が集まって研究していく中で、チームで研究する際の協調性や信頼関係を学んだり、社会への視点を与えられたり、自分の人間性を広げることができました」と話してくれました。
「高校のクラブ活動であるという点から、仲間としてのチームワークを大事にしています」
そう語るのは顧問の早川信一先生です。科学研究部の年1回の合宿では、すべての研究の発表を行い、お互いの発表に対して必ず質問するように指導しているそうです。
科学技術高校では、日本化学会などの学会発表や、大学主催の高大連携の高校生理科発表会など、年に5回ほど外部の発表会に科学技術部を中心に参加し、研究の成果を発表しています。
生徒たちは、こうした発表会に向けて発表練習をしたり、下級生でも先輩たちの研究発表の手伝いをしたりする過程で研究の何たるかを学び、成長していっているそうです。
また、研究そのものも「課題研究」の授業で取り組むテーマの中からも選ばれることで、全体の底上げにつながりますし、上のレベルや外部の目からどう評価されるかを学ぶことでよりよくすることもできるのだそうです。
「他校の発表をきいていると、技術的には優れていても何のためというストーリーが欠けていることがあります。実は成果を発表するときだけでなく、テーマを進める上でも、学んでいるのは『研究とはなんぞや』ということなのです。本校ではそうした視野の広さや研究のスキルを3年間かけて身につけていきます。特に科学研究部の部員は上級生になると明らかに違ってきますね」
「例えば、科学研究部の実験の中でも、生き物の命をどう扱うかということが議論になったことがありました。真剣に研究を行う中で、薬や化学物質の人体への影響を調査するための動物実験が提案されたのです。そうしたときにも教師が頭ごなしに結論を押し付けるのではなく、実際に研究に携わる部員を中心に自分たちで考えて、多くの人の考えもいれて、どうあるべきかを判断していくことを重視しています。そこまでいかなくても河川の水質調査をした際に、指標生物の体内に汚染物質がどの程度残留しているかを測定するために生き物を殺すこともあります。もっと日常的なことでは、実験廃液の処理です。最初に処理方法について指導していますが、実験が変わって疑問が生じれば部員から顧問に相談に来ます。こうしたことが環境への意識も高めているのです」
環境への意識が高まった同校科学研究部の卒業生が、大学生の集まる環境フェスティバルで、別々の大学のリーダーとして再会することもあるそうです。
現在の部長の相川幸平くんも実験好きが高じて科学研究部に入ったのですが、大学では社会学系の専門に進んで、環境アセスメントにたずさわるコンサルタントの仕事がしたいそうです。
「科学研究部で活動しているうちに、自分には研究よりも社会学的にアプローチすることの方が向いていると考えるようになったのです。そうした際も、この学校や部活で学んだことは活かせると思います」と話してくれました。
科学研究部をはじめとする同校のユニークな取り組みは、ホームページ上でも閲覧できる情報誌「スーパーサイエンスハイスクール情報」に詳しく紹介されています。これは、校内にも掲示されます。
実はこの情報誌、校長の巽(たつみ)公一先生が自ら取材して原稿を書いています。
「本校では、大学に入ってから伸びる技術者・研究者を育てたいと思っています。そのためには高校の段階でどういうことを学ぶかが重要です。だからこそ、研究発表の機会を増やしているのです。客観的な視点という意味では外部での発表も重要です。
基礎学力がしっかりとしていて、方法論をしっかりと身につけると、高校の卒業時の可能性が広がり、大学に入るとさらに広がってきます。面白いことに、うちの学校には特定の教科において他の進学校の生徒に引けを取らない一芸に秀でた生徒が出てくるんですよ」と、巽校長先生は話してくれました。
情報誌には、生徒たちが近隣の小学校で理科の授業を手伝ったり、演劇部の活動で子どもたちに科学の楽しさを伝えるお芝居仕立ての実験ショーを行ったりなど、科学技術について学んだことを地域へ還元しようというユニークな取り組みも紹介されています。
科学技術高校の活動を見ると、環境問題に取り組む時に大事なことは、環境について学ぶことだけではないということを感じます。環境に関するカリキュラムを充実させることに加えて、むしろ基本的なこと、本質的なこと、例えば「研究とは何か」、「科学者はどうあるべきか」、あるいは「高校で何を学ぶべきか」という課題に対して真剣に腰をすえて取り組むことが、しっかりとした環境への取り組みを進めることにつながっていくのでしょう。
東京の東、荒川と隅田川に挟まれた江東区大島に位置する科学技術高校は、平成13年に開校した科学技術の課程を特徴とする新しいユニークな進学型の専門高校です。さらに平成19年度からは文部科学省より、将来の国際的な科学技術系の人材の育成や高校と大学の接続の推進を図るためのスーパーサイエンスハイスクール(SSH:Super Science High school)にも指定されています。
この学校の特徴は、大きく3つあります。