NOxと硝酸の存在形態が北極の大気硝酸量を制御する。
発表日:2025.05.20
北海道大学を中心とする国際研究チームが、グリーンランド南東部で採取したアイスコア(氷柱試料)を分析し、産業革命以降の大気中の硝酸濃度の変遷を高精度で復元した。硝酸は大気中でガス状または粒子状で存在し、エアロゾルとして気候や人体に影響を与える物質の一つ。今回の研究では、硝酸の濃度変化が人為的な窒素酸化物(NOₓ)の排出量と必ずしも一致せず、両者の間に「タイムラグ」が存在することが明らかになった。
このタイムラグの要因として、研究チームは大気の酸性度に着目。1970年代以降、大気中の酸性度が中和されるにつれて、硝酸がガス状から粒子状へと変化しやすくなり、より遠くまで輸送されやすくなったとする。粒子状の硝酸は沈着しにくく、北極域まで届きやすいため、NOₓ排出量が減少した後も、アイスコア中の硝酸濃度が高い状態が続いたと考えられる。
この研究は、北海道大学低温科学研究所および大学院環境科学院をはじめ、金沢大学環日本海域環境研究センター、名古屋大学大学院環境学研究科、北見工業大学、気象庁気象研究所の国内機関に加え、中国・南京大学、イタリア国立研究評議会極地科学研究所、デンマーク・コペンハーゲン大学ニールス・ボーア研究所など、複数の国際機関が連携して実施された。
2021年に掘削された250メートルのアイスコアは、約5,000試料に分割され、2年かけて分析された。さらに、大気化学輸送モデル「GEOS-Chem」を用いたシミュレーションにより、観測されたタイムラグの再現性も確認された。これにより、過去220年にわたる大気硝酸の動態が、NOₓ排出量と大気酸性度の変化により複雑に制御されてきたことが示された。
硫酸エアロゾルに比べ、硝酸エアロゾルの歴史的変遷はこれまで不明瞭だったが、本研究はその空白を埋める成果といえる。今後は、硝酸の存在形態を考慮したエアロゾル輸送モデルの改良や、気候変動予測の精度向上への応用が期待される。この成果は、2025年5月19日付で科学誌「Nature Communications」に掲載された(DOI: 10.1038/s41467-025-59208-0)。