捕食者なき山で安全を選ぶカモシカ~逃避地形が個体数を左右
発表日:2025.06.05
東京農工大学(農学部附属野生動物管理教育研究センター)の髙田特任准教授率いる研究グループは、富士山とその周辺山地におけるニホンカモシカの個体数が、捕食者の不在にもかかわらず、急峻な地形の多寡に強く影響されていることを明らかにした。
ニホンカモシカは日本の山岳生態系を代表する有蹄類であり、国の特別天然記念物として保護されている。現在、野生の捕食者は存在せず、人為的な捕獲も原則禁止されているが、本研究では、カモシカが依然として「逃避場所」となる急傾斜地を好んで生息していることが示された。これは、進化の過程で獲得された捕食者対策行動が、捕食圧の消失後も残存している「過去の捕食者の亡霊」現象の一例とされる。
調査は2019年から2022年にかけて、富士山および周辺の山地約1800㎢を対象に実施され、研究チームは延べ306.5kmを踏査。カモシカと競合種であるシカの糞塊数、植生、地形、標高、人間活動の指標などを記録した。その結果、カモシカの個体数は、針葉樹林やササの多い場所、糞中の粗たんぱく質含有率が高い場所、そして急峻な地形に多く分布していた。一方、シカの個体数や人家からの距離は、カモシカの分布に有意な影響を与えていなかった。
この結果は、捕食者が不在であっても、逃避場所の存在がカモシカの生息適地を規定する重要な要因であることを示している。研究チームは、「今後の保全対策として、急傾斜地における食物資源の維持と増殖が重要である」と提言している。本研究成果は、2025年5月29日付で国際学術誌「European Journal of Wildlife Research」にオンライン掲載された。