環境技術解説

ビオトープ

ビオトープは、工業の進展や都市化などによって失われた生態系を復元し、本来その地域にすむ生物が生息できるようにした空間を指す。ドイツなどのヨーロッパから始まったこの動きは日本にも広がり、各地で国や自治体、学校、NPO/NGO、企業などによるさまざまな取り組みがみられている。

この記事では、身近な自然環境であるビオトープ普及の現状と、関連技術について紹介する。

※掲載内容は2023年4月時点の情報に基づいております。
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1.ビオトープと生物多様性

ビオトープは、本来その地域にすむさまざまな野生生物が生息することができる空間のことで、「生物の生息空間」と訳される。ギリシャ語で「生物」を意味する「bios」と「場所」を意味する「topos」の合成語で、ドイツの動物地理学者であるフリードリヒ・ダールが造った言葉であるとされる。

ビオトープの本場であるドイツでは、工業化などに伴う環境問題が深刻化した1970年代頃からビオトープが注目されるようになった。1976年に制定された連邦自然保護法にビオトープの保護、維持、発展、回復が盛り込まれ、生態系保全を意識した地域づくりが進められている。

2010年10月に開催されたCOP10(第10回生物多様性条約締約国会議)では愛知目標が合意された。この愛知目標の次期枠組として、2022年に開催されたCOP15では「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が採択された。この枠組では、2030年までに地球上の陸域、海洋・沿岸域、内陸水域の30%を保護するという画期的な合意がなされた(30by30目標)。

本邦では、30by30目標を達成するために、生物多様性を効果的にかつ長期的に保全しうる地域(OECM)により達成することを目指している。2022年度にはナショナルトラスト、バードサンクチュアリ、ビオトープ等民間団体が生物多様性保全を目的として管理している場所のほか、企業の水源の森などを「自然共生サイト(仮称)」として認定している。


図1 30by30目標実現後の地域イメージ
出典:生物多様性国家戦略関係省庁連絡会議「30by30ロードマップ」


2.ビオトープの種類と評価

日本では、20世紀末からビオトープが各地でつくられるようになり、干潟、湿地、湖沼、河川などの水域や、里山林、草原など、地域の自然を生かしたさまざまなビオトープが整備されている。

ビオトープのタイプについて、人々との関わりから捉えた事例として参考になるのが、国土交通省の平成17年度近畿地方整備局技術研究発表会で、同地方整備局・近畿技術事務所調査試験課が発表した「ビオトープの評価手法の検討について」である。この論文では、現地踏査やヒアリングの結果をもとに、ビオトープを5つのタイプに分類している(図2)。


ビオトープの5つのタイプ

  • 自然型
  • 保全型
  • 公園型
  • 教育型
  • 憩い型

図2

図2 人々との関わりから見た、さまざまなタイプのビオトープ(左から自然型、保全型、公園型、教育型、憩い型)
出典:国土交通省・近畿地方整備局近畿技術事務所三宅淳市氏発表論文「ビオトープの評価手法の検討について」平成17年度近畿地方整備局技術研究発表会論文集


3.国によるビオトープ整備事例と技術の動向

具体的なビオトープ整備事例をみると、国によるものでは、国土交通省がダムや河川、道路の整備などの公共事業の実施に伴って、各地で地域の自然を復元するビオトープの創出に取り組んでいる。

このうち、青森県で2002年度に暫定2車線で全線開通した青森環状道路の建設地では、絶滅危惧Ⅱ類に指定されているメダカの保護への配慮が求められたため、青森河川国道事務所が同年「共生の郷メダカ郷和国」を開園。「メダカビオトープ」が整備された。メダカビオトープは、進行中の工事からの影響を避けるため、道路事業区域内の専用道と一般道の合流部に残地として形成される三角地帯を利用してつくられた(図3)。

図3

図3 メダカビオトープ(2007年8月、左から、橋から上流方向、同下流方向、ビオトープ全景)
出典:国土交通省・青森河川国道事務所「共生の郷メダカ郷和国」


ビオトープの造成にあたっては、生物の習性に合った空間づくりが求められる。メダカビオトープでは、縦断水路に、透水性があり泥が堆積しやすく水草も根付きやすいポーラスコンクリートを粗骨材としたポーラスコンクリートベンチフリューム(図4)が採用された。また、集水桝や横断水路の接続桝は水深を深くしてメダカの避難場や越冬場になるような形が採用された(図5)。メダカビオトープでは、学識者や住民の参加による自然観察会や生息調査、手入れ作業などが行われており、前に述べた分類によれば、教育型の色合いが濃いビオトープといえる。


図4 ポーラスコンクリートベンチフリューム
出典:国土交通省・青森河川国道事務所「共生の郷メダカ郷和国」


図5 メダカ溜桝イメージ図
出典:国土交通省・青森河川国道事務所「共生の郷メダカ郷和国」


また、北海道開発局の帯広開発建設部では、アクア・グリーン・ストラテジー(AGS)という考え方に基づいて、川の安全確保と、水辺の自然環境の保全と再生をめざし、自然型のビオトープを採りいれた川づくりを進めている。

下頃辺(したころべ)川では、洪水に対する安全性を高めるための低水路拡幅工事の際に、直線的にならないように石を置くなどして川の流れに変化を付け、瀬や淵を造ってある。また、河岸部の護岸を覆土することで緑の再生を図った結果、野鳥や魚類が多数生息している(図6)。

図6

図6 下頃辺川・低水護岸の変遷
出典:北海道開発局・帯広開発建設部「多自然川づくり─AGS事業─」


4.自治体やNPOなどの取り組み

一方、地方自治体やNGO/NPOなどが中心となって地域にビオトープをつくり、管理する事例もある。東京都足立区にある「桑袋ビオトープ公園」は、工業化などの影響で一時は国内の一級河川の中で最も汚染がひどかった綾瀬川流域の桑袋小学校跡地につくられている。園内に綾瀬川や身近な生物について学べる施設もあり、保全型に近い教育型のビオトープといえる(図7)。同園には水質浄化施設が併設され、毎秒220リットルの水を浄化している。

図7

図7 桑袋ビオトープ公園(左:全景、右:水質浄化施設の図)
出典:足立区「桑袋ビオトープ公園」


5.学校や企業におけるビオトープの広がり

身近なところでビオトープ空間を創出する可能性を考えたとき、日本のビオトープの普及と整備に大きく貢献してきたのが、小・中学校などを基点として行われている学校ビオトープの取り組みといえる。学校ビオトープは、子どもたちの最も身近にある学校の屋外空間を体験活動の場として活用するためにビオトープを整備するもので、教育型のビオトープの代表格である。各地でさまざまな取り組みが行われており、(公財)日本生態系協会が主催する「全国学校ビオトープ・コンクール」は2023年で25周年を迎える。




一方、農村におけるビオトープ空間の創出にも期待が寄せられている。2012年9月に公表された「生物多様性国家戦略2012-2020」では、河川や湿原などの保全や再生を進めていくために、耕作放棄地や休耕田を活用したビオトープづくりなどに努めるとしている。

また、事業所や工場の敷地内にビオトープを整備する企業も増えている。キリンビールは、横浜工場、神戸工場、岡山工場の3カ所にビオトープを設置している(図8)。横浜工場ではNPO法人鶴見川流域ネットワーキングと連携してビオトープの維持管理に取組むなど、地域と連携した取組となっている。


図8

図8 キリンビール横浜工場のビオトープ
提供:キリンホールディングス


ビオトープは、基本的な部分の施工を除けばあまり人の手を入れず、「自然にまかせて」創出することが原則である。しかし、ビオトープ内で自然の生態系を成立させるには、単に生物が住めるだけでなく、その地域特有の生物が繁殖し、成長できる環境でなくてはならない。また、環境教育や市民の憩いの場とするなど、目的に合った施設づくりが必要である。さらに、せっかくビオトープをつくってもきちんとした手入れがなされなければ、地域の環境に悪い影響を与えかねない。


6.ビオトープネットワークの形成をめざして

これまでみてきたように、わが国では国、自治体、市民など多様な主体によって、さまざまなビオトープがつくられ、関連技術の開発も進みつつある。しかし、いくらビオトープが増えても、小さな地域の中で孤立してしまっては、生物の生息空間としての役割を十分果たしているとはいえない。生物の中には、トンボのように成長に応じて異なる生息環境が必要な生物や、産卵や繁殖の時だけ移動する生物がいる。また、同じ種が1つの生息空間の中だけで交配を繰り返すと、遺伝的な問題が生じやすいと考えられている。

こうした生物の習性に対応するため、同じようなビオトープを基本単位にして広域的につなげたものがビオトープネットワークである。ビオトープネットワークの手法としては、里山林や公園などを緑の回廊でつなぐことや、公園と公園の間に「踏石」となる小ビオトープを造るなどして、生物が移動できるようにすることなどがあげられる。

今後、全国に点在するビオトープを、生物多様性の保全の観点からネットワーク化していくことが求められている。

図9 踏石ビオトープによるネットワーク化概念図
出典:文部科学省・環境を考慮した学校施設に関する調査研究協力者会議「環境を考慮した学校施設(エコスクール)の現状と今後の整備推進に向けて」


引用・参考資料など

・環境省「おしえてビオトープ」

・環境省「生きものと共生する地域づくり」

・生物多様性国家戦略関係省庁連絡会議「30by30ロードマップ」

・(公財)日本生態系協会「ビオトープ管理士資格試験」

・(公財)日本生態系協会「全国学校ビオトープ・コンクール」

日本ビオトープ管理士会

・国土交通省・青森河川国道事務所「メダカビオトープ」

・北海道開発局・帯広開発建設部「多自然川づくり─AGS事業─」

・足立区「桑袋ビオトープ公園」

・キリンホールディングス 価値創造ストーリー

・文部科学省・環境を考慮した学校施設に関する調査研究協力者会議「環境を考慮した学校施設(エコスクール)の現状と今後の整備推進に向けて」

<コンテンツ改訂について>
2008年1月:初版を掲載
2023年4月:改訂版に更新