光触媒は、光を吸収して触媒作用を示す(化学反応を促進する)物質の総称である。光が当たることにより、通常の触媒プロセスでは困難な化学反応を常温で行わせることができる。代表的な光触媒の材料としては、酸化チタン(TiO2)が良く知られている。酸化チタンは白色の細かい粉末で、微視的に見るといくつかの結晶構造をもつが、その中でもアナターゼ型とよばれる結晶の光触媒機能が高いと言われている。
光触媒は、酸化還元反応を促進することから、有機物や細菌を分解することが可能で、環境問題を中心とした身の回りの様々な局面で利用できる。具体的には、大気、水質、土壌の浄化から、抗菌・除菌、防汚・セルフクリーニングなどに利用できる。下図には、酸化チタンを素材とする光触媒繊維を用いた水質浄化モジュールを示した。このモジュールに排水を流入させ、紫外線ランプから紫外線を照射することにより、排水中の有機物(BOD成分)や有害化学物質(ダイオキシン等)を分解し、細菌(レジオネラ、大腸菌等)を死滅させることができる。
光触媒のもう1つの性質として、光が当たると表面が濡れやすくなる(超親水性)という性質がある。これを利用して、建物の外壁等を水で濡らし、省エネルギーとヒートアイランド対策に活用する研究も行われている。
光触媒繊維を用いた水処理用モジュールの構造
出典:宇部興産(株)「研究開発(アクアソリューション)」
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光触媒の実用化は1960年代の日本の研究がきっかけであった。1967年春、東京大学の本多健一氏と藤島昭氏(現:神奈川科学技術アカデミー理事長)は、実験で水溶液中の酸化チタン(TiO2)電極に強い光を当てたところ、表面から泡が出ることを見出した。この泡の正体は酸素で、対極の白金からは水素が発生していることが確認された。このように、酸化チタンに光を照射することによって、水が酸素と水素に分解される現象は、酸化チタン表面での『光触媒反応』として、後に『ホンダ・フジシマ効果』と呼ばれることとなった。しかし、この現象は光をエネルギーと考える習慣がまだ定着していなかったため、すぐに大きな注目を集めるには至らなかった。
この成果は、1972年に国際的な学術雑誌であるNatureに論文が掲載された。1970年代は第一次石油危機の時期にあたり、太陽光で水から水素を取り出す方法については、国内外の研究者の注目を集めるようになった。しかし、実際に太陽光下で一日間水素回収実験を行った結果、酸化チタン1m2あたりの水素発生量はわずか7リットルで、それは照射された太陽光エネルギーのうちのわずか0.3%に過ぎなかった。エネルギー変換効率が低すぎるため、光触媒の実用化へ向けた研究はいったんストップした。
光触媒の実用化研究はいったん停止したものの、1980年代の後半に、方針を変更して研究が再開された。その際、効率性の面で課題が多いエネルギー変換に代わり、強い酸化力を活かして、微量な汚染物質の分解等に適用することが主な目標となった。
その一環として、除菌や消臭に関心を持っていた東陶機器基礎研究所と東京大学との共同研究が始まった。酸化チタンをコーティングしたタイルを製造し、病院の手術室で効果を調べたところ、タイルを貼った床や壁ばかりではなく、空気中の細菌も減少していることが確認された。さらに、1995年、東陶機器基礎研究所で発見された新たな現象である光触媒の「超親水性」(光が当たることで光触媒の表面が濡れやすくなる現象)あるいは光誘起親水性が応用範囲を広げた。
このような経緯を経て、光触媒は、日本発の新技術として、環境分野をはじめ、様々な分野で応用可能な技術として期待が高まり、多くの企業によって様々な製品が開発されるようになった。
(1)半導体としての光触媒とその反応の原理
光触媒の代表的な材料でおる酸化チタンは半導体である。半導体は、電気を通す金属のような良導体とは異なり、電子が通常存在する領域(図1の価電子帯)と電子が自由に動いて電気を伝えることができる領域(図1の伝導帯)との間にエネルギーのギャップ(バンドギャップ)が存在するため、通常は電気を通さない。この酸化チタンに光が当たると、光のエネルギーを受けることで自分自身が高エネルギーの状態となり、光が当たった表面の電子を放出する。このとき受けたエネルギーが充分に高ければ、価電子帯にあった電子(e-)は、価電子帯と伝導帯のエネルギーの差(バンドギャップエネルギー)を超えて、一気に伝導帯まで上がる(このようにエネルギーレベルが上昇することを励起と呼ぶ)。光のエネルギーは、次式のように波長によって決まるが、酸化チタンのバンドギャップエネルギーは3.2eVなので、このエネルギーは紫外線の波長(400nm以下、ナノメートル)をもつ光に対応する。
光のエネルギー[eV] ≒ 1,240÷波長[nm]
電子が抜け出た穴は正孔(ホール)(h+で表示)と呼ばれ、プラスの電荷を帯びている。正孔は強い酸化力をもち、水中にあるOH-(水酸化物イオン)などから電子を奪う。電子を奪われたOH-は非常に不安定な状態のOHラジカルになる。OHラジカルは強力な酸化力を持つ。一方飛び出した電子は、O2と結合して活性酸素(O2-)を発生させる。これらの活性酸素やラジカルによって、様々な化学物質が分解され、最終的には二酸化炭素や水などの無害な物質が生成される。このように、酸化チタンを用いた光触媒は、半導体である酸化チタンのバンドギャップエネルギーが紫外線のエネルギーに対応していることを基礎としている。
図1 光触媒による有害化学物質の分解メカニズム
出典:新エネルギー・産業技術総合開発機構「よくわかる!技術解説 光触媒」
(2)光触媒に用いられる光源
人間の目が見ることができる可視光は、波長が約0.4~から0.8ミクロン(1ミクロン=1,000nm)であり、可視光のエネルギーは約1.6~から3.1eVeVとなる。400nmより短い波長の光が紫外線と呼ばれ、前述の通り、光触媒のほとんどは紫外線領域で働く。太陽光には紫外線がエネルギーとして約3%含まれており、蛍光灯の光にもわずかに紫外線があるが、白熱電球の光には紫外線はない。
以上のことから、光触媒による反応を進めるためには、太陽光だけでなく、紫外線領域の光を放出するブラックライトが使われる。これは可視光線をカットする「濃い青色の特殊フィルターガラス」を使用したガラス管内壁に、近紫外線放射蛍光体を塗布したランプであり、光触媒が励起するピーク波長351nmの近紫外線放射(300~400nm)を放出する。この領域の光は可視光ではないため、ブラックライトと呼ばれる。
(3)光触媒と超親水性
超親水性とは、酸化チタンに紫外光を照射すると表面が非常に水になじみやすくなり、水滴を垂らしても薄く広がって膜を形成するようになる現象のことをいう。これは紫外光の照射で生じた正孔によって、酸化チタン表面におけるチタン原子と酸素原子の化学結合(Ti-O-Ti結合)が切断され、その酸素原子と水が反応して、水になじみやすい水酸基(-OH)が形成されるためと考えられている。
太陽光に含まれる紫外光の割合は約3%といわれているが、可視光は約50%である。このため、可視光にも応答する光触媒(可視光応答型光触媒)の開発も進められている。
可視光応答型光触媒には、色素増感型酸化チタン、金属イオンドープ酸化チタン、還元型酸化チタン、アニオン(窒素)ドープ酸化チタンなどさまざまなタイプがある。ドープとは、半導体の性質を調節するために不純物を添加することを言い、ドープにより、電子や正孔の濃度やバンドギャップの大きさなどを調節し、目的とする性質をもった半導体を得ることができる。特に酸化チタンにNをドープしたTiO2-xNxが、最も実用レベルに近い可視光応答型材料といえる。
図2 光触媒の超親水性のメカニズム
出典:新エネルギー・産業技術総合開発機構「よくわかる!技術解説 光触媒」
光触媒には、大気・水質の浄化をはじめ、土壌汚染の修復、住宅の省エネとヒートアイランド対策、脱臭、防汚、抗菌、防曇など様々な応用分野があり(図3)、それらの用途の研究開発状況は表1の通りである。光触媒を応用した製品は多数開発されているが、現時点では、建材(防汚機能をもつタイル等)や空気清浄機用のフィルターなどが中心となっている。これらの応用分野のうち、環境を中心に代表的な事例を以下に紹介する。
図3 光触媒の基本原理と応用分野
出典:特許庁「光触媒(基本原理)」
用途分類 | 環境分野 | その他の分野 |
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空気浄化 |
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水質浄化 |
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防汚・セルフクリーニング |
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その他 |
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実用化、研究中といった研究開発段階については、およその目安であることに注意。
出典:各種資料に基づいて作成
(1)空気浄化
これは、光触媒がもつ強い酸化能力を利用して、大気や屋内空気中の汚染物質等を分解するものである。
具体的な応用として、主要道路の防音壁を光触媒でコーティングし、NOxを分解除去する研究が進められている。また、舗装道路に酸化チタンを含む塗装を施すことにより、自動車排ガス中のNOxを分解する方法も試みられている(図4)。
図4 光触媒舗装の施工例(環状7号線、東京都)
(道路前方の明るいグレーの舗装面が光触媒舗装)
出典:(株)フジタ「光触媒舗装「フォトロード」」
https://www.fujitaroad.co.jp/business_information/details.php?eid=00024
排ガス処理に関しては、煙突内に光触媒を含む充填剤を充填し、そこに排ガスを通して、排ガス中のダイオキシン等を分解する研究が行われている。この場合、煙突内であることから、光源として紫外線ランプを使用する。
室内空気に関しては、いわゆるシックハウス症候群の健康障害を防ぐため、建築材料から発生するVOCの除去に関連して、光触媒が注目されるようになった。壁や障子、タイルなどの内装材に酸化チタン系光触媒を導入した商品が開発されているほか、光触媒と紫外線ランプを内蔵し、室内空気を吸引・浄化処理する空気清浄化装置も、多くの家電メーカー、空調機メーカーにより商品化されている。
(2)水質浄化
光触媒を用いて、排水中の微量有機成分の光酸化分解を行い、COD負荷の低減、染色工場排水の脱色などを行うことができる。また、汚染地下水中の塩素系有機溶剤類、飲料水中の内分泌かく乱物質の除去等でも光触媒の有効性が確認されている。
光触媒の使用形態としては、懸濁状態で使用するほか、固定化支持体へ固定する方法、フィルターの表面に光触媒を塗布して固体の不純物と水溶性の不純物を同時に除去する方法などが考えられる。また、タンカー等からの流出油の処理のために、光触媒を含んだビーズを海面に散布することで、海面に降り注ぐ太陽光を利用して油を分解するアイデアもある。
図5には、酸化チタンを素材とする光触媒繊維を用いた水質浄化モジュールを示した。このモジュールに排水を流入させ、紫外線ランプから紫外線を照射することにより、排水中の有機物(ダイオキシン等)を分解し、細菌(レジオネラ、大腸菌等)を死滅させることができる。
図5 光触媒繊維を用いた水処理用モジュールの構造
出典:宇部興産(株)「研究開発(アクアソリューション)」
(3)土壌汚染の修復
焼却施設からの灰、土壌中の揮発性有機化合物(VOC)の分解にも光触媒を用いることができる。具体的には、光触媒を含むシートで土壌を覆うことで、土壌から揮発したVOCを無害化することが試みられている。光触媒シートを土壌にかぶせるだけで浄化が可能になるため、時間はかかるが、低コストの処理方法になる。
(4)省エネルギーとヒートアイランド現象の緩和
光触媒の超親水性という性質は、建築物の省エネルギーやヒートアイランド現象緩和にも応用されている。例えば、建築物の外側に光触媒をコーティングすることで、建築物の外皮に薄い水の膜を形成させ、水が蒸発する際の気化熱を利用して建物を冷却するシステムが検討されている。
(5)防汚・セルフクリーニング作用
酸化チタンの機能のうち、光照射により発生する強い分解力を利用した、防汚・セルフクリーニング製品が実用化されている。すなわち、各種建築材料に酸化チタンをコーティングすると、表面に吸着した有機物などの汚染物質が光触媒作用により分解・除去される。トンネル照明器具のカバーガラスや蛍光灯、光遮蔽の窓ブラインドなどに広く使われている。
また、酸化チタンの超親水性も、防汚・セルフクリーニングに利用されている。建築物の外壁など、屋外で使用される材料に酸化チタンがコーティングされていると、材料の表面は太陽光の紫外線を吸収し、常に高度に親水性化されている。この状態では表面に各種汚れが付着しても、雨水がかかると容易に洗い流され、表面は常に清浄に保たれる。この機能は、光分解反応と組み合わさって、効果的なセルフクリーニング機能となるため、各種の建造物外壁・ガラスのほか、標識・表示板など、応用の範囲はきわめて広い。
さらに、酸化チタンコーティング膜は、ガラスや鏡の防曇のためにも利用できる。これは材料では表面が高度に親水化され、水滴が形成されないために光の乱反射が抑制されるからで、乗用車のサイドミラーやカーブミラーなどに利用されている。
(6)抗菌作用
酸化チタンコーティング表面に銀や銅などの抗菌性金属をごく微量加えた光触媒抗菌タイルは、MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)や各種感染症などによる院内感染の危険性が懸念される病院、老人ホームなどで採用されている。公共施設、待合室、トイレを始め、高度の衛生レベルが求められる食品工場や飲食店などの食品関連施設では、雑菌類の増殖抑制に光触媒機能を用いる方法が有効に利用されている。
光触媒の課題と適用限界を整理すると以下の通りである。特別な動力を用いずに光エネルギーを利用できる点は大きなメリットであるが、太陽光の利用効率は決して高くなく、光が利用できない環境では当然利用できない。
光触媒という新しい技術を普及させていくためには、光触媒の性能評価方法を統一し、十分な性能を有するものとそうでないものを峻別していくことが必要である。そこで、光触媒に関する標準化作業が本格的に開始されることとなり、空気浄化の性能試験と抗菌加工製品の試験法のJIS規格が2006年に制定され、その後も新たなJIS規格の検討が進んでいる。こうした標準化はISOによる国際規格の検討とも並行して進められている。
また、2006年には、光触媒製品技術協議会と光触媒製品フォーラムという2つの団体が発展的に解消し、新しい業界団体である光触媒工業会が設立されている。
環境省では、ヒートアイランド現象の緩和を目指して、クールシティ中枢街区パイロット事業を実施している(図6)。この事業は、ヒートアイランド現象の顕著な街区において、複数の対策技術を組み合わせて一体的に実施することにより、ヒートアイランド現象の緩和等を図るもので、光触媒も、その他の技術(施設緑化や保水性建材、高反射性塗装など)とともに、対策メニューの1つとして位置づけられている。
また、経済産業省は、平成19年度から循環社会型光触媒産業創成プロジェクトを開始しており、高性能の触媒の開発などを進めている。
図6 クールシティ中核街区パイロット事業
出典:環境省「平成20年度環境省予算要求・要望主要新規事項等の概要」(低炭素社会モデル街区形成促進事業)(PDF)
http://www.env.go.jp/guide/budget/h20/h20-gaiyo/034.pdf