光触媒は、光を吸収して化学反応を促進する物質の総称である。光が当たることにより、通常の触媒プロセスでは困難な化学反応を常温で行わせることができる。代表的な光触媒の材料としては、酸化チタン(TiO2)が良く知られている。
酸化還元反応を促進することから、有機物や細菌を分解することが可能で、環境問題を中心とした身の回りの様々な局面で利用できる。また、光が当たると表面が濡れやすくなる(超親水性)という性質も有することから、建物の外壁等を水で濡らし、省エネルギーとヒートアイランド対策にも活用されている。
近年、光触媒が水素の生成方法として再び注目されている。燃料電池に使うクリーンエネルギーとしてのみならず、光触媒により生成された水素と、工場から排出されるCO2を原料にプラスチックを合成する研究も進む。
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光触媒の実用化は1960年代の日本の研究がきっかけであった。1967年、東京大学の本多健一氏と藤島昭氏は、実験で水溶液中の酸化チタン(TiO2)電極に強い光を当てたところ、表面から泡が出ることを見出した。この泡の正体は酸素で、対極の白金からは水素が発生していることが確認された。このように、酸化チタンに光を照射することによって、水が酸素と水素に分解される現象は、酸化チタン表面での『光触媒反応』として、後に『ホンダ・フジシマ効果』と呼ばれることとなった。しかし、この現象は光をエネルギーと考える習慣がまだ定着していなかったため、すぐに大きな注目を集めるには至らなかった。
この成果は、1972年に国際的な学術雑誌であるNatureに論文が掲載された。1970年代は第一次石油危機の時期にあたり、太陽光で水から水素を取り出す方法については、国内外の研究者の注目を集めるようになった。しかし、実際に太陽光下で一日間水素回収実験を行った結果、酸化チタン1m2あたりの水素発生量はわずか7リットルで、それは照射された太陽光エネルギーのうちのわずか0.3%に過ぎなかった。エネルギー変換効率が低すぎるため、光触媒の実用化へ向けた研究はいったんストップした。
光触媒の実用化研究はいったん停止したものの、1980年代の後半に、方針を変更して研究が再開された。その際、効率性の面で課題が多いエネルギー変換に代わり、強い酸化力を活かして、微量な汚染物質の分解等に適用することが主な目標となった。
その一環として、除菌や消臭に関心を持っていた東陶機器基礎研究所と東京大学との共同研究が始まった。酸化チタンをコーティングしたタイルを製造し、病院の手術室で効果を調べたところ、タイルを貼った床や壁ばかりではなく、空気中の細菌も減少していることが確認された。さらに、1995年、東陶機器基礎研究所で発見された新たな現象である光触媒の「超親水性」(光が当たることで光触媒の表面が濡れやすくなる現象)あるいは光誘起親水性が応用範囲を広げた。さらに、光触媒の反応領域を赤外領域だけでなく可視光でも応答する研究も進み(後述、「光触媒の特性」)、室内照明でも機能する光触媒も開発されている。
このような経緯を経て、光触媒は、日本発の新技術として、環境分野をはじめ、様々な分野で応用可能な技術として期待が高まり、多くの企業によって様々な製品が開発されるようになった。次世代の太陽光電池とされる色素増感太陽電池も、光触媒の原理を応用したものである。
図1 光触媒研究開発の歴史
出典:宮内(2017)を元に国立環境研究所が作成
人間の目が見ることができる可視光は、波長が約0.4~から0.8ミクロン(1ミクロン=1,000nm)であり、可視光のエネルギーは約1.6~から3.1eVeVとなる。400nmより短い波長の光が紫外線と呼ばれ、前述の通り、光触媒のほとんどは紫外線領域で働く。太陽光には紫外線がエネルギーとして約3%含まれており、蛍光灯の光にもわずかに紫外線があるが、白熱電球、LEDの光には紫外線はない。
以上のことから、光触媒による反応を進めるためには、太陽光だけでなく、紫外線領域の光を放出するブラックライトが使われる。これは可視光線をカットする「濃い青色の特殊フィルターガラス」を使用したガラス管内壁に、近紫外線放射蛍光体を塗布したランプであり、光触媒が励起するピーク波長351nmの近紫外線放射(300~400nm)を放出する。この領域の光は可視光ではないため、ブラックライトと呼ばれる。
一方、可視光にも応答する光触媒(可視光応答型光触媒)の開発も進められている。前述のとおり、太陽光に含まれる紫外光はわずかであるが、可視光は約50%であるためである。一時は、可視光応答型光触媒として、酸化チタンに窒素を添加(ドープ)した「窒素ドープ型酸化チタン」の実用化が有力視されていたが、当初期待されていたほどの性能は発揮できなかった。(国研)新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は、2007年度より開始した「循環社会構築型光触媒産業創成プロジェクト(図2)」において、銅系化合物修飾酸化タングステン光触媒、銅系化合物修飾酸化チタン光触媒など可視光応答型光触媒を開発し、社会実装を果たした。
図2 循環社会構築型光触媒産業創成プロジェクトの概要
出典:(国研)新エネルギー・産業技術総合開発機構「循環社会構築型光触媒産業創成プロジェクト」
超親水性とは、酸化チタンに紫外光を照射すると表面が非常に水になじみやすくなり、水滴を垂らしても薄く広がって膜を形成するようになる現象のことをいう。これは紫外光の照射で生じた正孔によって、酸化チタン表面におけるチタン原子と酸素原子の化学結合(Ti-O-Ti結合)が切断され、その酸素原子と水が反応して、水になじみやすい水酸基(-OH)が形成されるためと考えられている。
図3 光触媒の超親水性のメカニズム
出典:新エネルギー・産業技術総合開発機構「よくわかる!技術解説 光触媒」
光触媒には、大気・水質の浄化をはじめ、土壌汚染の修復、住宅の省エネとヒートアイランド対策、脱臭、防汚、抗菌、防曇など様々な応用分野があり(図4)、それらの用途の研究開発状況は表1の通りである。光触媒を応用した製品は多数開発されているが、現時点では、建材(防汚機能をもつタイル等)や空気清浄機用のフィルターなどが中心となっている。これらの応用分野のうち、環境を中心に代表的な事例を以下に紹介する。
図4 光触媒の基本原理と応用分野
出典:特許庁「光触媒(基本原理)」
用途分類 | 環境分野 | その他の分野 |
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空気浄化 |
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水質浄化 |
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防汚・セルフクリーニング |
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その他 |
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実用化、研究中といった研究開発段階については、およその目安であることに注意。
出典:各種資料に基づいて作成
これは、光触媒がもつ強い酸化能力を利用して、大気や屋内空気中の汚染物質等を分解するものである。
具体的な応用として、主要道路の防音壁を光触媒でコーティングし、NOxを分解除去する研究が進められている。また、舗装道路に酸化チタンを含む塗装を施すことにより、自動車排ガス中のNOxを分解する方法も試みられている。
排ガス処理に関しては、煙突内に光触媒を含む充填剤を充填し、そこに排ガスを通して、排ガス中のダイオキシン等を分解する研究が行われている。この場合、煙突内であることから、光源として紫外線ランプを使用する。
室内空気に関しては、いわゆるシックハウス症候群の健康障害を防ぐため、建築材料から発生するVOCの除去に関連して、光触媒が注目されるようになった。壁や障子、タイルなどの内装材に酸化チタン系光触媒を導入した商品が開発されているほか、光触媒と紫外線ランプを内蔵し、室内空気を吸引・浄化処理する空気清浄化装置も、多くの家電メーカー、空調機メーカーにより商品化されている。
光触媒を用いて、排水中の微量有機成分の光酸化分解を行い、COD負荷の低減、染色工場排水の脱色などを行うことができる。また、汚染地下水中の塩素系有機溶剤類、飲料水中の内分泌かく乱物質の除去等でも光触媒の有効性が確認されている。
光触媒の使用形態としては、懸濁状態で使用するほか、固定化支持体へ固定する方法、フィルターの表面に光触媒を塗布して固体の不純物と水溶性の不純物を同時に除去する方法などが考えられる。また、タンカー等からの流出油の処理のために、光触媒を含んだビーズを海面に散布することで、海面に降り注ぐ太陽光を利用して油を分解するアイデアもある。
発展途上国においては、飲料水問題の解決手段として光触媒が期待されている。また、酸化チタン以外の光触媒についても研究もある。
焼却施設からの灰、土壌中の揮発性有機化合物(VOC)の分解にも光触媒を用いることができる。具体的には、光触媒を含むシートで土壌を覆うことで、土壌から揮発したVOCを無害化することが試みられている。光触媒シートを土壌にかぶせるだけで浄化が可能になるため、時間はかかるが、低コストの処理方法になる。
光触媒の超親水性という性質は、建築物の省エネルギーやヒートアイランド現象緩和にも応用されている。例えば、建築物の外側に光触媒をコーティングすることで、建築物の外皮に薄い水の膜を形成させ、水が蒸発する際の気化熱を利用して建物を冷却するシステムが社会実装し、導入が進んでいる(「ヒートアイランド対策技術」のページも参照のこと)。
酸化チタンの機能のうち、光照射により発生する強い分解力を利用した、防汚・セルフクリーニング製品が実用化されている。すなわち、各種建築材料に酸化チタンをコーティングすると、表面に吸着した有機物などの汚染物質が光触媒作用により分解・除去される。トンネル照明器具のカバーガラスや蛍光灯、光遮蔽の窓ブラインドなどに広く使われている。
また、酸化チタンの超親水性も、防汚・セルフクリーニングに利用されている。建築物の外壁など、屋外で使用される材料に酸化チタンがコーティングされていると、材料の表面は太陽光の紫外線を吸収し、常に高度に親水性化されている。この状態では表面に各種汚れが付着しても、雨水がかかると容易に洗い流され、表面は常に清浄に保たれる。この機能は、光分解反応と組み合わさって、効果的なセルフクリーニング機能となるため、各種の建造物外壁・ガラスのほか、標識・表示板・太陽光パネルなど、応用の範囲はきわめて広い。
さらに、酸化チタンコーティング膜は、ガラスや鏡の防曇のためにも利用できる。これは材料では表面が高度に親水化され、水滴が形成されないために光の乱反射が抑制されるからで、乗用車のサイドミラーやカーブミラーなどに利用されている。
酸化チタンコーティング表面に銀や銅などの抗菌性金属をごく微量加えた光触媒抗菌タイルは、MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)や各種感染症などによる院内感染の危険性が懸念される病院、老人ホームなどで採用されている。
公共施設、待合室、トイレを始め、高度の衛生レベルが求められる食品工場や飲食店などの食品関連施設では、雑菌類の増殖抑制に光触媒機能を用いる方法が有効に利用されている。
図5 可視光応答型光触媒をコーティングした床材の実証試験結果
TOTOは、当時開発中だった塗料とタイルを用いて、横浜市立大学附属病院の壁やトイレで実証試験を行った。その結果、洗面器周辺の壁で約96%、小便器前の床で約80%の菌が抑制されることが確認された。
出典:(国研)新エネルギー・産業技術総合開発機構 NEDOドキュメント「室内でも使える可視光応答型光触媒を開発」
太陽エネルギーと光触媒を用いて水を水素と酸素に分解する反応についての研究が進んでいる。この反応は、「人工光合成」ともよばれ、燃料電池に使えるクリーンエネルギーとして注目されているだけでなく、将来的には光触媒により生成した水素と工場等から排出されるCO2を原料にプラスチック等の原料合成も視野に含まれる(図6)。
図6 人工光合成の概念図
出典:資源エネルギー庁 スペシャルコンテンツ「CO2を“化学品”に変える脱炭素化技術「人工光合成」」(2018年7月5日)
光触媒の課題と適用限界を整理する。特別な動力を用いずに光エネルギーを利用できる点は大きなメリットであるが、太陽光の利用効率は決して高くなく、光が利用できない環境では当然利用できない。現在は、太陽光だけでなく室内照明で利用できる可視光応答型光触媒の開発・実用化も進んでいる。また、大量の物質を一度で処理することには向いていないとされているが、波長範囲の拡大、量子収率を高める研究により改善が進んでいる。
酸化チタンは、非常に強力な分解力を持つことから、酸化チタンを固定している基材(紙、繊維、塗料など)を分解し、酸化チタン自身の剥離が起こる(長期間の使用による性能低下)ことも課題となっていたが、現在は剥離しにくい光触媒膜の創成方法が見出されている。
また、光触媒は、タイルなどの平面にコーティングして用いられることが多いため、処理物質が光触媒と直接接触しやすいように、コーティング面付近に薄く広く分布していると処理しやすいが、広範囲に拡散していると、光触媒との接触効率が悪くなるため、効率的な浄化が難しくなる。
光触媒という新しい技術を普及させていくためには、光触媒の性能評価方法を統一し、十分な性能を有するものとそうでないものを峻別していくことが必要である。そこで、光触媒に関する標準化作業が本格的に開始されることとなり、空気浄化の性能試験と抗菌加工製品の試験法のJIS規格が2006年に制定され、その後も新たなJIS規格の制定が進んでいる。こうした標準化はISOによる国際規格の制定とも並行して進められている。
環境省はヒートアイランド現象の緩和を目指して、クールシティ推進事業を実施している。クールシティ推進事業において、効果の高い日除けとして、表面に光触媒加工してある日除け素材は、親水性が高く、汚れにくいため、白に近い色の場合には汚れによる日射反射率の低下を防ぐことができるとしている。
また、経済産業省は、2012年から「革新的触媒による化学品製造プロセス技術開発」においてCO2と水を原料とし、太陽エネルギーを用いて基幹化学品を製造する「二酸化炭素原料化基幹化学品製造プロセス技術開発(人工光合成プロジェクト)」を実施している(2014年より(国研)新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のプロジェクト)。このプロジェクトでは、人工光合成により水素や有機化合物などの高エネルギー物質を得る基盤技術開発に取り組んでいる。光触媒により、CO2と水から水素を生成し、精製された水素とCO2由来の一酸化炭素(CO)によりプラスチック原料の合成を目指す。このように光触媒は、化石資源依存から脱却し、省エネルギーの製造プロセスを目指す研究において重要な役割を担っている。
図7 光触媒を使った水素製造のフィールドテスト
出典:資源エネルギー庁 スペシャルコンテンツ「太陽とCO2で化学品をつくる『人工光合成』、今どこまで進んでる?」
・藤嶋昭(2006)「酸化チタン光触媒の現状と展望」FC Report 24, No.4(秋号)
・国立環境研究所 資源循環領域 オンラインマガジン『環環kannkann』「広がる光触媒の応用 - 有害物質の分解と課題 -」(2013年10月号)(川本克也)
・新エネルギー・産業技術総合開発機構 よくわかる!技術解説「光触媒」
・光触媒工業会 JIS・ISO制定状況(2019年4月現在)
・『酸化チタン光触媒のすべて』シーエムシー(1998)
・『光触媒のしくみ』日本実業出版社(2000)
・宮内雅浩(2017)「日本が誇る環境浄化材料・光触媒」日本機械学会誌 vol.120
・東京大学 FEATURES「光触媒の新世界 市場との対話が生んだブレークスルー 」(2014年6月10日)
・信州大学 研究ハイライト「工学部:太陽光と水からクリーンな水素エネルギーを作る光触媒の開発」(2018年3月26日)
・日本大学生産工学部 工藤研究室「太陽電池の防汚」
・(国研)新エネルギー・産業技術総合開発機構 実用化ドキュメント「室内でも使える可視光応答型光触媒を開発」
・環境省 熱中症予防情報サイト「まちなかの暑さ対策ガイドライン 改訂版」(平成30年3月)
・経済産業省 製造産業局 化学課 「革新的触媒による化学品製造プロセス技術開発」