POTアルゴリズムによる行動変容と健康リスク管理の有効性
発表日:2025.08.20
京都大学成⾧戦略本部の古川壽亮特定教授らの研究グループは、統計数理研究所および京都大学医学研究科と連携し、スマートフォンを活用した「認知行動療法(CBT)」の個別最適化アルゴリズム(POT: Personalised & Optimised Therapy)を開発した。――POTは、うつ病の予防・改善のみならす、広範な健康リスクの管理や行動変容支援への応用が期待される精密医療技術である。
CBTとは、気分の落ち込みや不安などの心理的な困難に対して、「考え方」と「行動」の両面から働きかけることで改善を目指す心理療法。例えば、ネガティブな思考のクセに自身が気づき、柔軟な考え方に変えたり、避けがちな活動にあえて取り組むことで気分を回復させたりする効果がある。薬を使わず、自分自身の力で心の状態を整える方法として、世界中で広く用いられている。
今回の研究では、スマートフォンを使ってCBTを受ける全国規模の臨床研究(RESiLIENT試験)を日本国内で実施した。大規模な臨床試験(参加者:4,469人の成人)であり、参加者は6週間にわたり、5種類のCBTスキル(行動活性化、認知再構成、問題解決、アサーション、睡眠行動療法)をスマートフォンアプリで学び、実践した。これらのスキルは、日常生活の中で自分の考え方や行動を見直すことで、メンタルヘルスを整えることを目的としている。
POTは、治療初期の反応とベースライン情報から、26週後の抑うつ症状(PHQ-9スコア)の改善を予測し、個人に最適なスキルまたはその組み合わせを提示する。シミュレーションでは、従来の平均的治療と比較して35%の効果向上が確認され、特に個別最適化が必要な層では64%の改善が見られた。この技術は、スマートフォンアプリ「レジトレ!」への実装が進められており、ユーザーの強みや弱みを可視化しながら、なぜそのスキルが選ばれたのかを説明できる点が特徴である。一連の試験と効果分析により、患者の理解と治療への主体的参加を促進し、メンタルヘルスのみならず、生活習慣病予防、ストレス管理、睡眠改善など、幅広い領域での行動変容支援に応用可能であることが判明した。ただし、現段階では治療初期(2週目まで)の反応に基づく最適化に限られており、治療経過の変化や再発リスクへの対応には今後の研究が必要である。また、重度のうつ病や自殺念慮を持つ層への適用には、新たな検証が求められる。
古川教授は、「個々の患者に最適な精神療法をエビデンスに基づいて提供する世界初の仕組みであり、POTを通じて多くの人々のレジリエンスとウェルビーイング向上に貢献したい」と述べている。なお、本研究は日本医療研究開発機構(AMED)の支援を受けて実施され、成果は国際学術誌「npj Digital Medicine」に掲載された。