環境技術解説

山岳トイレ

 山岳地では、自然環境の保全に配慮すべき地域がある一方、上下水道や電気、道路などのインフラ整備が不十分なことが多いため、休憩・宿泊施設などで発生するし尿をその場で適切に処理することが、環境保全上の課題となっている。このような課題に対応すべく、山岳地域のトイレ(山岳トイレ)に適用できるし尿処理技術(以下、「山岳トイレ技術」という)について開発が進められている。
 山岳トイレ技術は、一般的なし尿処理と異なり、原則として洗浄水やし尿処理水を公共用水域に放流・排水しないことに大きな特徴があり、浄化槽の設置が難しい場所にも対応可能な「非放流型」のし尿処理設備である。
 環境省の「環境技術実証事業」(平成19年度までは「環境技術実証モデル事業」)でも、山岳トイレ技術が対象分野に指定され、様々なタイプの非放流式し尿処理設備の実証が行われている。

図:土壌処理方式(水洗)の技術開発事例における実証装置の設置状況(丹沢山系 鍋割山)

[1]トイレ全景、手前が土壌処理槽、[2]足踏みポンプ(便座右)式洋式便器、[3]足踏みポンプ(便器右上)式和式便器、[4]地下貯水槽点検口、[5]建物横に埋設してある接触消化槽のマンホール
土壌処理方式(水洗)の技術開発事例における実証装置の設置状況(丹沢山系 鍋割山)
出典:「環境技術実証モデル事業 平成17年度実証試験結果報告書の概要 山岳トイレ技術分野(その2)」(環境省)
http://www.env.go.jp/policy/etv/pdf/list/h16/02_cp2.pdf

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1.山岳トイレ技術の概要

 電力供給や給水事情の悪い山岳地域では、し尿処理において浄化槽の設置が困難な地域があり、トイレが無い場合には屋外排泄、トイレがある場合でも、し尿を土壌中に浸透させる方式が多く見られていた。しかし近年、中高年を中心とした登山客が増加してきており、またし尿による公共用水域の水質や植物への影響等に関する懸念が高まっていることから、トイレ使用の快適性の向上と周辺環境への影響を軽減することが求められようになった。このような背景のもと、浄化槽の設置が困難な場所でも設置が可能で、洗浄水やし尿処理水を放流しない非放流型のし尿処理設備の開発、商品化が進められてきている。
 環境技術実証事業では、山岳トイレ技術を、生物学的処理法、化学的処理法、物理学的処理法、およびそれらの組合せによる処理法に分類している。(表1)

表1 山岳トイレに用いられるし尿処理技術の分類と解説
大分類
(水の有無)
小分類
(処理方式)
特色前処理
の有無
技術説明
水使用
(水洗)
生物処理土壌土壌粒子による吸着・ろ過や土壌微生物を利用して処理する。(簡易水洗)
生物膜および土壌微生物を利用して処理する。(簡易水洗)
薬剤添加生物処理の補助剤として薬剤を添加する
生物処理の補助剤として酵素剤を添加する
カキガラ接触剤としてカキガラを使用し、生物膜により処理する。
活性汚泥によって処理した後、膜で固液分離する。
木質接触剤である木質チップに汚水を散水し、生物膜で処理する。
プラスチック接触剤としてプラスチックを使用し、生物膜により処理する。(参考事例として掲載)
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化学処理---
物理処理乾燥・焼却乾燥・焼却して、粉末化する。(参考事例として掲載)
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水不要生物処理木質木質系接触剤の中に投入し、撹拌・送気を行い処理する。
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化学処理---
物理処理乾燥・焼却乾燥・焼却して、粉末化する。(参考事例として掲載)
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※ 「-」は、今後実証対象技術となった場合に追加します。
※ 本技術分類表は、環境技術実証モデルにおける技術の特色からの分類であり、学問的見地からの分類ではありません。
※ 前処理とは、あらかじめ固形物を分離したり、微生物が分解しやすくするため液状化するなど、次の処理を行いやすくするための行程を指します。

出典:「環境技術実証事業 山岳トイレし尿処理技術実証試験要領(第5版 環境省)」
http://www.env.go.jp/policy/etv/03_plan.html

 し尿の発生、移送、処理、処理後の搬出という段階に区分した場合の、山岳トイレし尿処理フロー例を図1に示す。移送方法には「水洗」と「非水洗」があり、処理方法は、先述の表1に示した種類がある。処理水は、水洗の場合は水洗水として再利用される。非水洗の場合は、処理後に水分が排出されないよう、処理中に水分の蒸発などを行う。

図1 山岳トイレし尿処理フロー例
出典:「環境技術実証事業 山岳トイレし尿処理技術実証試験要領(第5版 環境省)」
http://www.env.go.jp/policy/etv/03_plan.html

2.し尿処理方式別の技術

 し尿処理方式別の技術概要として、ここでは、「環境技術実証モデル事業」(環境省)に取り上げられた実証対象技術の一例を紹介する。
 環境技術実証モデル事業とは、すでに適用可能な段階にありながら、その環境保全効果等について客観的な評価が行われていないために普及が進んでいない先進的な環境技術について、第三者機関が客観的に実証し、普及を促進するため、環境省が平成15~19年度まで試行的に実施した事業である。なお、平成20年度からは、同モデル事業の成果を踏まえ、同省による「環境技術実証事業」が本格実施されている。

1)生物処理方式(水洗 カキガラ使用)

 この装置は、「分離接触ばっ気方式」とカキ殻を接触ろ材とした生物膜の組合せによる非放流型の排水再利用装置である。同技術により、トイレから排出される汚水はトイレ洗浄水として再利用可能となる。
 実証事業で実証試験を行った技術では、図2に示すように、一次処理は嫌気槽、二次処理は接触酸化槽と沈殿槽で行い、三次処理では、接触ろ過、沈殿ろ過、活性炭吸着処理を行う。三次処理の接触ろ過材としてカキ殻を用いており、カキ殻から溶出するアルカリ分によってpHの安定化を図っている。
 実証試験は、長野県軽井沢町の上信越高原国立公園内で行われた(図3)。[技術開発者:永和国土環境(株) 技術名:排水利用処理装置(アクアメイクシステムSタイプ)]

図2 生物処理方式(水洗 カキガラ使用)の技術開発事例におけるし尿処理フロー
出典:「環境技術実証モデル事業 平成18年度実証試験結果報告書の概要 山岳トイレ技術分野(その2)」(環境省)
http://www.env.go.jp/policy/etv/pdf/list/h18/02_cp.pdf

図3 生物処理方式(水洗 カキガラ使用)の技術開発事例における実証装置の設置状況
出典:「環境技術実証モデル事業 平成18年度実証試験結果報告書の概要 山岳トイレ技術分野(その2)」(環境省)
http://www.env.go.jp/policy/etv/pdf/list/h18/02_cp.pdf

2)生物処理方式(水洗 薬剤添加)

 この装置は、一定量の初期水を用意することで、給排水を必要とせず、使用時の水を循環させながら、汚水を沈降分離、浮上分離、酸化分解等を行い、水洗トイレとして利用できるものである。使用開始時に、臭気抑制のための添加剤を使用し、pHを低く保つことで、臭気の発生や大腸菌増殖を抑制する。なお、一定量の利用後には、貯留した汚泥と循環水の汲み取りが必要である。
 し尿処理フローは、下記及び図4に示すとおりである。

(1) 流入した排泄物等は、ばっ気・撹拌、粉砕され、流動接触室に送られる。
(2) ばっ気式水中スクリーンを通過した上層水が分離室に送られる。スクリーンを通過できなかった固形分は沈降分離され、貯留室に送られる。
(3) 比重の大きい固形物が沈降し、上層水は送水室に送られる。
(4) 送水室内の水は、便器の洗浄水として再利用される。
(5) 流動接触室から送られた汚泥を貯留する。貯留室が満水になると、循環水と併せて汲み取りを行う。

 実証試験は、栃木県の日光・中禅寺湖西岸で実施された(図5)。[技術開発者:(株)オリエント・エコロジー 技術名:常流循環し尿処理システム(「せせらぎ」処理ユニット/SY-1・SY-2・SY-3)]

図4 生物処理方式(水洗 薬剤添加)の技術開発事例におけるし尿処理フロー
出典:「環境技術実証モデル事業 平成16年度実証試験結果報告書の概要 山岳トイレ技術分野(その1)」(環境省)
http://www.env.go.jp/policy/etv/pdf/list/h16/02_cp.pdf

図5 生物処理方式(水洗 薬剤添加)の技術開発事例における実証装置の設置状況
出典:「環境技術実証モデル事業 平成16年度実証試験結果報告書の概要 山岳トイレ技術分野(その1)」(環境省)
http://www.env.go.jp/policy/etv/pdf/list/h16/02_cp.pdf

3)土壌処理方式(水洗)

 この装置は、土壌粒子による吸着やろ過作用、あるいは土壌中の微生物の代謝作用を利用して、し尿処理を行う方式であり、適切な条件下では、有機物の他、窒素、リン等の除去も期待できる。生物分解を早めるため、酵素剤を添加して固形物を液化させている。また、豪雨時に地下貯水槽内の処理水が土壌処理水と混ざるのを防止するため、雨水浸透槽を設置して雨水の系外への地下浸透を図っている。処理水の循環のために圧力式の足踏みポンプを用いていることから、商用電力のない場所での設置が可能である。

 し尿処理フローは、下記及び図6に示すとおりである。

(1) 便槽兼消化槽に酵素を投入して、し尿中の固形物の液化を促す。
(2) 接触消化槽で浮遊物等を除去し、土壌処理槽に自然流下で移送する。
(3) 接触消化槽処理水は、土壌中に埋設した多孔性の散水管(トレンチ)を介して土壌層内に浸透される。
(4) 土壌処理水は、土壌槽の底部にある地下貯水槽に貯留し、洗浄水として再利用する。

※ 地下貯水槽から太陽エネルギーを用いた揚水ポンプにより洗浄水タンクへの処理水の移送、及び洗浄水タンクの水を足踏みポンプで便器洗浄に用いる以外の各槽間の処理水移送はすべて自然流下方式を用いている。

 実証試験は、神奈川県の丹沢山塊にある鍋割山で実施された(図7)。[技術開発者:(株)リンフォース]

図6 土壌処理方式(水洗)の技術開発事例におけるし尿処理フロー
出典:「環境技術実証モデル事業 平成16年度実証試験結果報告書の概要 山岳トイレ技術分野(その1)」(環境省)
http://www.env.go.jp/policy/etv/pdf/list/h16/02_cp.pdf

[1]トイレ全景、手前が土壌処理槽、[2]足踏みポンプ(便座右)式洋式便器、[3]足踏みポンプ(便器右上)式和式便器、[4]地下貯水槽点検口、[5]建物横に埋設してある接触消化槽のマンホール
図7 土壌処理方式(水洗)の技術開発事例における実証装置の設置状況
出典:「環境技術実証モデル事業 平成17年度実証試験結果報告書の概要 山岳トイレ技術分野(その2)」(環境省)
http://www.env.go.jp/policy/etv/pdf/list/h16/02_cp2.pdf

4)コンポスト処理方式(非水洗)

 この装置は、水を必要としない技術である。し尿処理方法としては、し尿中の水分を木質系資材に移行して蒸発させ、同時に撹拌を行うことで好気性微生物による分解作用(好気性発酵)を期待する仕組みである。このような技術においては、杉チップ槽内水分の偏在を防止するための混合・撹拌機能が重要であり、加えて、余剰水分を下部槽に移行し、ばっ気することとしている。

 し尿処理フローは、下記及び図8に示すとおりである。

(1)杉チップが充填された[1]の上部槽(杉チップ撹拌槽)においてし尿を撹拌・混合し、空気を送りこむことで、好気性微生物による分解を行う。
(2)処理槽は2階層になっており、杉チップ撹拌槽の過剰な水分(尿)を分離して[2]下部槽に落とし、その下部槽内にてばっ気を行うことで、酸化を促進し、腐敗による悪臭を抑制する。
(3)上部槽に水分が過多になった場合に備え、コンプレッサーと発電機を仮設で利用できることとしている。

 実証試験は、沖縄県の竹富島(カイジ浜)で太陽光発電を利用した装置で実施された(図9)。[技術開発者:(株)ミカサ(自然エネルギーを利用した自己処理型バイオトイレ(バイオミカレット)]

図8 コンポスト処理方式(非水洗)の技術開発事例におけるし尿処理フロー
出典:「環境技術実証モデル事業 山岳トイレ技術分野 山岳トイレし尿処理技術実証試験結果報告書(平成20年3月)」 (環境省)
http://www.env.go.jp/policy/etv/pdf/list/h19/02_c_2.pdf

図9 コンポスト処理方式(非水洗)の技術開発事例における実証装置の設置状況
出典:「環境技術実証モデル事業 山岳トイレ技術分野 山岳トイレし尿処理技術実証試験結果報告書(平成20年3月)」 (環境省)
http://www.env.go.jp/policy/etv/pdf/list/h19/02_c_2.pdf

引用・参考資料など

(2009年6月現在)