昆虫フェロモン利用の新展開!“仮想敵バリア”効果の活用提案 奈良女子大など
発表日:2022.08.30
奈良女子大学、神戸大学ほか国内外4大学の研究者らは、在来アリのフェロモンを用いたユニークな外来アリ防除法を提案した。生命維持に不可欠な一次代謝と別に、生理・生態にとって重要な化学物質(二次代謝産物)を生合成・分泌する生物が多数報告されている。昆虫はそうした生物の代表格で、体外に排出した二次代謝産物(フェロモン)を同種間のコミュニケーションや環境情報の伝達に利用している。フェロモン(広義)は種ごとに異なり(種異質性が高く)、さまざまな場面で作用することが知られるようになり、化学構造の同定が進んでいる。性誘引力のあるフェロモンを人工的に合成し、特定の害虫の捕殺や交尾行動の抑制に活用する技術はほぼ確立されており、農業生産の現場等に導入されている。他方、同種個体間で作用するフェロモンとは異なり、異種個体間で作用する化学物質の理解も深まっている。顕花植物の香りの作用(送粉昆虫を誘引して受粉に資する相利共生に寄与)もその一つであり、放出する側のみに利益となる行動や生理的反応を起こさせる物質(アロモン)などのメカニズム研究が盛んに行われている。本研究は、アルゼンチンアリが世界的な害虫として認識され、本邦でも根絶に向けた対策が本格化した当時のアイディアを原点としている。先駆的な発明(特開2012-250938)や、その後追加された知見の裏付けを図るとともに、実用性をより意識した集大成的な報告となっている。調査研究は3つのアプローチからなり、防除剤(候補物質)の特定、当該物質の作用機構解明に向けた独創的な試験分析や現場実証が行われた。先ず、日本全国に分布するクロオオアリ(学名:<i>Camponotus japonicus</i>)が「巣仲間識別フェロモン」として利用している体表物質(体臭)35種類を合成し、それぞれ10段階に調製してアルゼンチンアリの触角に塗布する地道な実験を行われた。その結果、アルゼンチンアリが「(Z)-9-トリコセン(分子式:C23H46)」の匂いを強く嫌悪し、忌避行動が促されている様子が観察された。次いで、アリの脳内における「(Z)-9-トリコセン」の嗅覚神経応答を調べたところ、当該物質の匂いがあるレベルに達すると“仮想敵”の幻臭として作用することが分かった。すなわち「(Z)-9-トリコセン」のフェロモン/アロモン作用が明らかとなり、“逃走スイッチ”がオンとなる閾値(物理量)が示唆された。本研究ではさらに、根絶が困難な現場を想定した用法・用量の最適化検討なども行っている。ポートアイランド(神戸市中央区)の野外実験では、アルゼンチンアリが(Z)-9-トリコセンを塗布したトラップを避け、通常のトラップで効率よく捕獲できることが確認され、“仮想敵バリア”の効果が裏付けられた。また、外来アリ2種・在来アリ4種に対する忌避効果を評価した結果、“仮想敵バリア”効果はアルゼンチンアリとヒアリに選択的に発現することが確認された(在来アリ4種には比較的影響は少ない)。アリの社会性を逆手にとるというコンセプトは殺虫剤の使用量削減に通ずる。環境と在来アリにやさしい防除の“切り札”となる手法と考えられ、基礎科学・応用科学両面における知見の活用・展開が期待できる、と結んでいる(掲載誌:Frontiers in Physiology、DOI:10.3389/fphys.2022.844084)。
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