日本の電力系統(送配電網)は火力発電所等と需要地を結ぶ形で形成されてきた。既存の発電所は電力需要のピーク(昼間)を踏まえて設計されており、炉の温度を下げずに、夜間も発電し続けている。一方、太陽光発電や風力発電をはじめとする再生可能エネルギーの導入が進み、それらの系統接続が進められている。
電気を貯える(蓄える)ことで、需要が多いときは夜間電力の底上げを図り、需要が少ないときはエネルギーの無駄を減らすことが可能となる(図1参照)。系統電力と再生可能エネルギーがバランスよくミックスされた電力ネットワークの実現、新規の発電所建設にかかる投資コストの抑制、ひいてはCO2削減効果の創出に寄与する可能性もある。 本コンテンツでは、さまざまな電力貯蔵技術の原理やシステム特徴を概観するとともに、社会実装に向けた研究開発の動向などを紹介する。
図1 電力貯蔵の概念図
※掲載内容は2023年1月時点の情報に基づいております。
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2015年12月に採択された「パリ協定」の実現には、省エネルギーの推進のほか、太陽光発電や風力発電といった再生可能エネルギーの積極的な活用も必要である。
そのために電力貯蔵技術には大きな期待が集まっている。すなわち再生可能エネルギーは、日射量や風の吹きぐあいといった気象条件によって発電量が左右されるため、発電した電力を必要なときに備えて貯めることができる電力貯蔵技術と組み合わせることで、電力供給システムの安定性を高めることができるからである。
また、電気自動車やプラグインハイブリッド車などの次世代車両のエネルギー供給用として、リチウムイオン電池などの電力貯蔵技術が普及している。これら次世代車両の二次電池は、走行時の駆動力として利用されるだけではなく、自宅に駐車している間に蓄電している電力を家庭で使う電力の供給源としての利用も始まってお+り、災害時における非常用電源としても期待されている。
これら電力貯蔵技術は、「エネルギー・環境イノベーション戦略(2016年4月)」の中で、今後重点的に取り組むべき技術開発の1つとして位置づけられている。また「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略(令和3年6月)」では『カーボンニュートラルは電化社会』であるとし、「蓄電」を各分野で社会実装し、量産投資によるコスト低減が掲げられている。
図2 高性能電力貯蔵の技術開発ロードマップ
出典:経済産業省「エネルギー関係技術開発ロードマップ」
一方、電力貯蔵技術は、電力需要全体のバランス調整や、発電効率の向上という点からも注目されている。
電力需要は、一般には1日のうち昼間が最大(ピーク)、夜間が最小(ボトム)であり、年間を通じて夏や冬の空調が必要となる季節に最大となる特徴がある。そこで電力会社では、電力需要量が最も多くなる季節の最大需要に備えた発電・流通設備を確保しているのが現状である。しかし、こうした対応は、電力需要の少ない時期には発電所の稼働率が下がることを意味し、最も効率よく発電できる定格出力での運転時間が減るため、発電効率の低下を招くことになる。
こうしたことから、需要の少ない時間帯での余剰電力を貯蔵し、ピーク需要の時間帯に供給する「負荷平準化」により、発電所の稼働を一定にして発電効率を向上させることが期待されている。現在、負荷平準化の方法として揚水発電によるピークカットがすでに実用化されているが、その他の方法についても実用化や普及に向けた研究開発が進んでいる。
現在、研究が進められている電力貯蔵技術にはさまざまな種類があり、それぞれの特徴に照らして用途分野が想定されている(表1)。
貯蔵エネルギー | 主な用途 | |
---|---|---|
二次電池 | 電気化学エネルギー | 負荷平準化、受電電力平準化、発電電力平準化、非常用電源、瞬低・停電補償、その他(移動体用、携帯機器用など) |
電気二重層キャパシタ | 静電エネルギー | 発電電力平準化、瞬低・停電補償、その他(移動体用、携帯機器用など) |
フライホイール | 運動エネルギー | 瞬低・停電補償、電力系統制御、その他(移動体用、携帯機器用など) |
超伝導電力貯蔵(SMES) | 電磁エネルギー | 瞬低・停電補償、電力系統制御 |
揚水発電 | 位置エネルギー | 負荷平準化 |
圧縮空気電力貯蔵 | 圧力エネルギー | 負荷平準化 |
水素電力貯蔵 | 電気化学エネルギー | 負荷平準化 |
二次電池とは、繰り返しの充電・放電が可能な電池のことで、化学反応を利用してエネルギーを貯蔵・放出する。定置型のものや移動体用、小型携帯機器用などがあり、小容量から大容量まで幅広く実用化されている。
現在用いられている代表的な二次電池は以下である。
詳細は「蓄電池」のページを参考にされたい。
電気二重層キャパシタは、電気を化学反応なしに“電気のまま”貯蔵できる。電荷の吸着・脱離によって充電・放電を行うため、充電時間が短いことと、利用の繰り返しによる劣化が少なく、重金属などを使用することもないため、環境に対する安全性が高いことが特徴である。
電気二重層キャパシタの電極は、正・負極とも活性炭などの多孔質・大表面積の素材を用いる。電極と電解液との間に形成される電気二重層を絶縁層として、電荷を吸着して電気を貯蔵する(図3)。
図3 電気二重層キャパシタの原理
出典:新エネルギー・産業技術総合開発機構「未来へ広がるエネルギーと産業技術」
電気二重層キャパシタは急速充・放電が可能なため、瞬低・停電補償に使われているほか、電鉄車両の回生ブレーキに伴う電力の充・放電に関する開発や、ハイブリッド自動車に二次電池と併用して利用する研究、風力発電・太陽光発電の発電電力平準化のための研究開発も行われている。
また、従来の活性炭に代わる電極素材として、ナノテクノロジーを活用した炭素素材が使われるようになり、高い静電容量(キャパシタに蓄えられる電荷量)を可能にしている。さらに電解質についても、固体でありながら液体と同程度のイオン伝導性を持つ新たな耐電圧型電解質の研究も進められている。
このように電気二重層キャパシタに対する期待は大きいといえますが、今後、コストダウンをどう実現するかが課題とされる。
フライホイール発電機は、円盤などの回転体(フライホイール)の運動エネルギーとしてエネルギーを貯蔵・放出する。短時間のエネルギー貯蔵に向いており、国内では、日本原子力研究所(現・日本原子力研究開発機構)で世界最大規模のフライホイール発電機の稼動実績があるほか、鉄道用や無停電電源用などですでに実用化されている。
フライホイール発電機は、フライホイールと発電機とが軸に直結した構造を持つ。発電機を電気で回転させることにより、フライホイールは加速されてエネルギーを貯蔵(充電に相当)し、逆に、フライホイールの回転力で発電機を回転させることによりエネルギーを放出(放電に相当)する(図4)。貯蔵するエネルギーは回転数の2乗に比例する。
図4 フライホールの原理
フライホイールは、2002年に島根県斐川町において、風力発電と組み合わせた小規模分散電源実用化のための設置運転が行われ、その有効性が確認されている。その後、電力会社や鉄道会社などで実用化が進むなかで、エネルギー損失をもたらす空気抵抗に対してはヘリウムガスのケース内充填や真空化、リム(回転体)の高張力に耐える材質としてはFRP(繊維強化プラスチック)、合成樹脂、カーボン繊維などの新材料の採用など、新技術の開発が進んできた。
現在は、軸受による摩擦をなくすため、超電導コイルによる磁気浮上技術を利用した磁気軸受(図5)を用いる研究が進められている。これらの研究開発によって、さらに大容量、長期貯蔵が可能になっている。2022年6月には、JR東日本が回生電力エネルギーを、超電導フライホイール蓄電システムにより利用する実証実験を開始した。
図5 超電導フライホイール電力貯蔵装置の概念図
出典:新エネルギー・産業技術総合開発機構「超電導技術 解説資料」
超電導電力貯蔵(SMES)は、電気抵抗がゼロという特性を持つ超電導コイルを利用して電気を貯蔵する装置である。超伝導コイルに電気を流し永久電流スイッチを閉じれば、直流電流が流れ続けて電力を貯蔵することができる。また電力供給時には、交直変換器により交流電流に変換し、電力系統に供給される。SMESの基本構成は図6のとおり。
図6 超電導電力貯蔵(SMES)の基本構成
出典:新エネルギー・産業技術総合開発機構「超電導技術 解説資料」
現在、超電導コイルの支持構造物の研究や、性能の実証試験などが行われているが、今後は、低温超電導線(液体ヘリウム温度の-269℃で利用)に代わる高温超電導線(液体窒素温度の-196℃で利用)の開発とコストダウンなどが課題とされている。
揚水発電は、下部調整池の水を電力需要の少ない夜間に上部調整池へ揚水し、昼間に発電するもので、100年余り前から実用化されている(図7)。系統電力の負荷平準化の中心的役割を担っている揚水発電は、長期間の豊富な実績があり、可変速揚水発電システムも実用化されている。昨今、太陽光発電の電気を有効に活用するため、昼間くみ上げた水を使って、太陽光発電が発電しない夜間や朝などに発電している(図8)。
図7 揚水発電の概念図
新たな貯水ダムの立地場所を確保しにくい状況にはあるが、最近では、北海道に京極発電所が新設され、北海道初の純揚水式発電所として、2014年10月より運転を開始している。
また、立地場所の課題を解決する方法として淡水による揚水発電に替わる「海水揚水発電」の研究も進められている。2004年からは沖縄やんばる海水揚水発電所において世界初の海水揚水発電が開始され、2016年に廃止されるまで運転が続けられていた。
図8 揚水発電による電力需給調整
出典:資源エネルギー庁「なぜ、太陽光などの「出力制御」が必要になるのか?~再エネを大量に導入するために」
圧縮空気電力貯蔵は、コンプレッサーを使って電力需要の少ない夜間に空気を圧縮し、タンクなどに貯蔵したものを、昼間に取り出してガスタービンによる発電に利用するもの。通常のガスタービン発電機と比べて、空気を圧縮するためのエネルギーが不要となるため、より効率のよい発電が可能となる。
圧縮空気電力貯蔵は、負荷平準化に有効な技術として欧米ではすでに実用化されており、貯槽用空洞として岩塩採掘跡などの気密性の高い地下空間を利用し、低コストで建設できる。日本には大陸のような岩塩層がないため、貯槽空洞周辺の地下水を利用した水封方式の地下貯蔵が提案され、炭鉱跡地での実験が行われている。
また2015年には、早稲田大学らのグループが、「断熱圧縮空気蓄電システム」の開発に着手している。このシステムは、電力を圧縮空気と熱の形で貯蔵するもので、2016年度にMWクラスの実証機の試運転を行い、その後、実証運転を継続して商品化を目指すという。
水素電力貯蔵は、長期にエネルギーを貯蔵可能な方法である。エネルギーキャリアとして水素を利用し、充電・放電を行う。余剰電力があるときに水素を製造しておき、需要が多いときにその水素を使って発電することができる。変換時のエネルギー損失が大きいという欠点もあるが、低コストで大規模な貯蔵に適しているほか、月単位の長期貯蔵にも向いている。また、山頂や沖合など電力系統から遠くにある再生可能エネルギー設備に併設し、発電した電力を水素に変換、輸送して利用することも考えられる。
水素をキャリアとした電力貯蔵は、電力を使って水電解で水素を製造し、貯蔵しておいた水素を使って、燃料電池で発電する。水電解には、電解質の違いにより、アルカリ水電解、固体高分子形セル電解、固体酸化物形セル電解といった種類があり、古くから実用化されているアルカリ水電解では、大規模な商用プラントの実績がある。
詳細は「燃料電池」のページを参考にされたい。
以上のように、電力貯蔵技術にはさまざまな種類があり、それぞれの特性を活かした研究開発が進められている。コストダウンをはじめ、広範な普及に向けた課題は少なくないが、低炭素社会の実現に向けて、さらなる研究開発が期待される。
・経済産業省「エネルギー関係技術開発ロードマップ」
・電気事業連合会「電力需要の負荷平準化」
・田中祀捷, 伊瀬敏史監修「電力システムにおける電力貯蔵の最新技術」シーエムシー出版.2006
・日本ガイシ(株)ニュース「世界最大級のNAS電池が運転開始(2016年3月3日)」
・(公社)日本電気技術者協会「電気技術解説講座」
・住友電気工業(株)プレスリリース「世界最大級のNAS電池が運転開始(2015年12月25日)」
・新エネルギー・産業技術総合開発機構「リチウムイオン電池の3倍以上の出力特性をもつ全固体電池を開発(2016年3月22日)」
・新エネルギー・産業技術総合開発機構「電気をロスなく蓄える夢の“パワーキャパシタ”未来へ広がるエネルギーと産業技術」
・新エネルギー・産業技術総合開発機構「超電導技術 解説資料」
・東日本旅客鉄道(株)JR東日本ニュース(2022年6月7日)
・資源エネルギー庁 スペシャルコンテンツ「なぜ、太陽光などの「出力制御」が必要になるのか?~再エネを大量に導入するために(2018年3月27日)」