バイオディーゼル(Bio Diesel Fuel、以下BDF)は、菜種油や廃食用油などをメチルエステル化して製造される、ディーゼルエンジン用のバイオ燃料です。地球温暖化対策が緊急の課題となる中、BDFは、バイオエタノールとならんで、化石燃料の代替燃料として期待されています。
BDFは硫黄分酸化物をほとんど含まないため、軽油と比較して硫黄酸化物(SOx)の排出を黒煙を1/2~1/3削減減少でき、ディーゼル車の排気ガス対策としても有効です。すでに国内外で利用されており、日本では廃食用油から、欧州では菜種油から、米国やブラジルでは大豆油から製造。特に欧州では、政策的支援が導入され、ドイツを中心にBDFの利用が進んでいます。
※掲載内容は2017年3月時点の情報に基づいております。
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地球温暖化対策が緊急課題となるなか、バイオマスを原料起源とするバイオ燃料は、化石燃料を代替する燃料として利用拡大が期待されています。欧州各国(ドイツ、フランス等)を初めとする各国で利用が進んでいます。BDFは軽油に混合して使用するのが一般的で、その混合比率によって、B5(5%)、B10(10%)、B30(30%)などと表記。
バイオ燃料の利用拡大は、2008年7月に開催された北海道洞爺湖サミットでの首脳声明にも盛り込まれました(図1)。この声明では、バイオ燃料の原料が食料資源とも競合することに留意しつつ、食料供給とバランスを取りながら、バイオ燃料の開発と商業化を加速することとされています。
図1 北海道洞爺湖サミット G8首脳声明―バイオ燃料関連部分 抜粋
出典:環境省 中央環境審議会 循環型社会計画部会懇談会 資料1-5(農林水産省 発表資料)
日本では、2009年には、バイオマスの活用を推進することを目的とし、「バイオマス活用推進基本法」が策定。これに基づき、2012年9月に「バイオマス事業化戦略」が決定され、「地域におけるグリーン産業の創出」「自立・分散型エネルギー供給体制の強化」を進めることになりました。この中で「バイオマス産業都市」を選定し、BDFの活用等、支援を行っています。
BDFの製造技術は、菜種油などの植物性油脂をメチルエステル化して、ディーゼルエンジン用燃料を得る技術です。
バイオマスを内燃機関燃料として利用する試みは、1900年にRudolf Dieselが落花生油をディーゼル内燃機関の燃料として使った実験に始まります。日本では、戦後1948年に長尾不二夫(当時京都大学)らによって松根油を使用して、ディーゼルエンジンを運転した記録があります。
過去2度のオイルショックの際にも、石油代替燃料としてバイオマスからの液体燃料の開発が各国で行われましたが、1980年代まで実用化に至る開発はほぼ進みませんでした。唯一の実用化事例としては、ブラジルでのエタノール車やアフリカのひまわり油が一部実用化されたのみです。
欧州でBDFへの取組が最も早かったのはオーストリアであり、1980年代初頭にはすでに技術開発を終了し、生産体制に入っていました。1990年代に入り、世界的にBDFへの注目が高まってきましたが、その背景には、以下のような事情があげられます。
BDF製造の概念図を図4に示します。BDFの原料となる油脂は、グリセリンに脂肪酸が3個結合したトリグリセリドと呼ばれる物質。このトリグリセリドをメタノールと反応させると、脂肪酸メチルエステル(Fatty Acid Methyl Ester、以下FAME)と呼ばれるエステルが生成されます。エステルとは、アルコールと有機酸との脱水反応によって得られる化合物のことで、植物油(トリグリセリド)は脂肪酸とグリセリン(多価アルコール)のエステルです。トリグリセリドからメチルエステルを作る反応は、脂肪酸と結合するアルコールの種類を変換する反応でもあることから、エステル交換反応とも呼ばれます。
図2 バイオディーゼル燃料の製造過程
出典:環境省 第5回エコ燃料利用推進会議
資料1-4「自動車のエコ燃料への対応状況(茂木委員)」(作図:日本自動車工業会)
BDFに含まれる代表的なFAMEの構造と、軽油に含まれる成分の一つであるヘキサデカンの構造を図5に示します。脂肪酸部分の炭素鎖(CH3-CH2からなる連続構造)の長さは炭素原子16~22個分で、これは軽油のヘキサデカン(炭素原子12~22個分)とほぼ同等。似たような性質(BDFの性状と用途を参照)であることから、混合して使用するのに適しています。
図3 BDFに含まれる代表的なFAMEの構造(上)と、軽油に含まれる成分の一つであるヘキサデカンの構造(下)との比較
出典:(上)資源エネルギー庁「BDF混合軽油の規格化に係る検討結果について」(2007年4月)(下)各種資料を参考に作成
前述の反応を工業的に行うためには、アルカリ触媒(ナトリウムメチラート、苛性ソーダなど)の存在下で、植物油をメタノールと反応させ、直接メチルエステルを得る方法が最も一般的です(図4)。この反応は、比較的簡単なプロセスで、複雑なプラントを必要としません。
BDFの原料は欧州(特にドイツ、フランス、イタリア)では主に菜種油が利用されており、米国やブラジルでは主に大豆油が利用されています。これに対して日本ではほとんどが廃食用油を利用したBDFとなっています。
図4 BDFの製造工程
出典:農林水産省 バイオマスのエネルギー利用
廃食用油を原料とする場合は、前処理として不純物(遊離脂肪酸、油脂酸化物、水分、モノグリセリド、ジグリセリド、炭水化物、タンパク質、塩分など)を除去してから、反応させます。これらの処理が不十分だと、ディーゼルエンジンに傷がつき、最悪の場合には使用できなくなってしまいます。
廃食用油に含まれる大きなごみなどは、エステル交換反応の前にろ過などで除去。エステル交換反応で生じたグリセリンは分離除去されます。分離後の粗製BDFは、蒸留によって未反応のメタノールを分離した後、蒸留水を加えて洗浄。BDFと水は互いに混ざりあわず、BDF内の不純物のみが水に溶け出します。さらに、BDFから水を分離する脱水の工程を繰り返すことで、純粋なBDFを得ることができます。
パーム油を主原料とするBDF※と、軽油の各種データの比較を表1~表4に示します。また、BDFと軽油の主な違いは以下の通りです。
上記のような違いはあるものの、植物油から生成したBDFは軽油に近い燃料特性を有しています。技術的には、流動性などについて改善が必要なものの、環境負荷が少なく、低公害の自動車燃料として実用性が高いといえます。
※BDFの主成分である脂肪酸メチルエステル分子における炭素原子の数は、パーム油を原料とする場合は18個、ヤシ油を原料とする場合は12個であることが多い。
ケース | パーム油メチルエステル | 軽油 |
---|---|---|
密度 [kg/cm3] | 873.1 | 839 |
動粘度 [mm2/s] | 5.45 | 4.35 |
硫黄分 [wt%] | 0.01 | 0.07 |
セタン価(指数) | 62 | -56 |
銅板腐食100℃ | 1 | 1 |
曇り点 [℃] | 11 | -7 |
目詰り点 [℃] | 11 | -7 |
流動点 [℃] | 10 | -7.5 |
総発熱量(高位)[MJ/kg] | 39.846 | 45.748 |
10%残留炭素 [wt%] | 0.01> | 0.01> |
蒸留性状99%留出温度 [℃] | 338 | 346 |
エンジン回転数[min-1] | 1000 | 1300 | 1700 | 2150 |
---|---|---|---|---|
出力 | 0.95 | 0.94 | 0.93 | 0.9 |
燃料噴射量 | 1.05 | 1.02 | 1.01 | 1 |
燃料消費率 (メチルエステルあたり) | 1.09 | 1.09 | 1.08 | 1.1 |
燃料消費率 (発熱量換算) | 0.93 | 0.93 | 0.92 | 0.94 |
パーム油メチルエステル | 軽油 | |
---|---|---|
NOx [ppm] | 330 | 378 |
CO [ppm] | 179 | 199 |
HC [ppm] | 89 | 99 |
パティキュレート [g/kWh]※ | 0.421 | 0.486 |
燃料 | |||
---|---|---|---|
パーム油メチルエステル | 軽油 | ||
エンジン回転数 [min-1] |
2150 | 7 | 33 |
1700 | 11 | 31 | |
1300 | 7 | 25 | |
1000 | 10 | 33 |
日本では、菜の花を育てて食用の菜種油として使用した後、廃食用油を回収してBDFとして再生利用する住民参加型の取り組みが全国各地で展開されています。代表的な事例としては、1998年に滋賀県愛東町(現:東近江市)で始まった「菜の花」プロジェクトがあります。このプロジェクトでは、琵琶湖の水質悪化を防止するための廃食用油のリサイクル活動(廃食用油を石鹸にリサイクル)を出発点に、家庭から回収した廃食用油をBDFへ再生し、スクールバスの燃料などに利用するようになりました。
京都市では、市内の各地に回収拠点を設けて、家庭からの廃食用油を回収しており、その量は2015年度実績で約18万リットルとなっています(図5)。回収された廃食用油は、環境省の補助事業で建設された廃食用油燃料化施設に集められ、BDFに精製。製造したBDFは軽油に5%混合(B5)あるいはそのまま100%BDF(B100)として、市バスやごみ収集車の燃料として利用されています(図6)。
図5 回収量と回収拠点の推移
出典:京都市「バイオディーゼル燃料化事業」
図6 京都市の取り組み
出典:京都市「バイオディーゼル燃料化事業」
廃食用油の回収とBDFとしての利用は、一般家庭だけでなく民間企業でも進められています。阪急バスでは、2008年12月より、B100を使用したバスを豊中病院線にて運行開始。その後、BDF燃料バスの運行路線を順次拡大し、吹田摂津線、池田市内線、茨木美穂が丘線にも導入されました。BDFの原料となる廃食用油は、社員食堂、グループ企業のホテル、惣菜店舗、工場、給食センターなどから集められています。
図7 BDF燃料バス
出典:阪急バス「環境への取り組み」
ここまで紹介してきたBDFは、油脂を原料として脂肪酸メチルエステル(FAME)を合成するものでしたが、第2世代のBDFとして、油脂を水素化分解した水素化植物油(Hydrotreated Vegetable Oil、以下HVO)が期待されています。HVOもFAMEと同様に、植物油や廃食用油を原料として製造することができます。
HVOの製造にあたっては、植物油に石油精製で使われる水素化処理を施します。水素化することにより、燃料油が酸化に対して安定になるなど物性が改良。その結果、HVOは従来のFAMEよりも低温での性能が優れ、軽油よりもセタン価(燃料の着火性を示す指標で、セタン価が高いほど着火しやすく、ディーゼルエンジンのノッキングが起こらない)が高いという特徴を持っています。また硫黄分をほとんど含まない点もFAMEと同様です。
HVOはフィンランドのNesteなどがすでに実用化。EUにおける生産量は年々増加しており、2014年では、オランダ(101.3万kL)、イタリア(46.2万kL)、フィンランド(43.0万kL)、スペイン(37.7万kL)となっています(表5)。2017年にはフランスとポルトガルでも製造が開始される見込みです。
表5 EUにおけるHVOの生産量推移(2015年は速報値、2016~2017年は予測値)
出典:米国農務省「EU Biofuels Annual 2016」
国内では、国土交通省が「次世代低公害車開発・実用化促進」プロジェクトを実施。この取り組みの一環として、2010年にはHVOを混合した燃料で都営バスを運行させる実証試験が行われました。
図8 車両のイメージ
出典:国土交通省「環境性能の優れた次世代合成燃料を使用したバスの実証運行を実施します」
BDF燃料としてはFAMEが広く利用されていますが、この燃料にはいくつか課題がありました。
まず、新しい排出ガス規制に適合したクリーンディーゼル車での使用に問題があったこと。クリーンディーゼル車には、PM対策としてディーゼル排気微粒子除去フィルタ(DPF)が搭載されますが、軽油との性質の違いにより、この再生に影響が出る可能性があります。また発熱量が低いため、燃費効率も低下してしまいます。
そして、バイオマス活用の観点からは、原料の制約が大きいことも問題と言えます。脂肪酸メチルエステルでは、植物由来の油しか使うことができません。ラード油など動物油も活用できれば、家庭ごみの有効利用が可能になりますが、動物油が混ざると低温で固まりやすくなってしまうため、使えないのです。
またFAMEは酸化しやすいため、長期保管ができません。全国バイオディーゼル燃料利用推進協議会の「バイオディーゼル燃料の製造・利用に係るガイドライン」(2008年5月30日作成、2016年5月9日修正)では、製造後1カ月以内での使用が推奨されています。
第2世代BDFであるHVOでは、これらの問題を解決することができます。軽油に近い性質のため、より高い混合比率で利用できるというメリットもあり、現在、日本でも研究開発が進められています。
・外務省 北海道洞爺湖サミット G8北海道洞爺湖サミット首脳宣言
・農林水産省 循環型社会推進基本計画の進捗状況(農林水産省における取組)
・農林水産省 バイオマス産業都市の取組
・環境省 第5回エコ燃料利用推進会議「自動車のエコ燃料への対応状況(茂木委員)」
・資源エネルギー庁「BDF混合軽油の規格化に係る検討結果について
・農林水産省「BDFの製造工程(アルカリ触媒法)」
・日本エネルギー学会編「バイオマスハンドブック」オーム社,2002.
・京都市バイオディーゼル燃料化事業
・阪急バス「環境への取り組み」
・U.S. Department of Agriculture EU Biofuels Annual 2016
/・国土交通省 報道発表資料「環境性能の優れた次世代合成燃料を使用したバスの実証運行を実施します」
・全国バイオディーゼル燃料利用推進協議会「バイオディーゼル燃料の製造・利用に係るガイドライン(2016)」
・環境省 第7回エコ燃料利用推進会議「エタノール以外のバイオ燃料の状況について」
・環境省 第9回エコ燃料利用推進会議「輸送用エコ燃料の普及拡大について(補遺版)別添2:技術WG報告」