環境技術解説

バイオアッセイ

2015年3月31日掲載

私たちの身の周りには数多くの化学物質が存在しますが、一部には人の健康や生態系に望ましくない影響を及ぼす性質を持つ物質もあります。バイオアッセイは、微生物や実験動物などを利用して化学物質が及ぼす影響を調べる方法です。

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1.1億種類に迫る化学物質、一部には環境リスクのある化学物質も

世界最大の化学物質データベースといわれる「CAS REGISTRY」には、9,300万種類以上の化学物質が登録されており、毎日約15,000の化学物質が新しく登録され続けています[1]。化学物質は私たちの生活を豊かにする一方で、人の健康や環境(生態系)に望ましくない影響を及ぼす性質を持つものもあります。1962年にレイチェル・カーソンが発表した「沈黙の春」では、農薬や殺虫剤などの化学物質の生態系への影響が指摘され、1996年にシーア・コルボーンらが発表した「奪われし未来」では、化学物質が野生生物の内分泌をかく乱する可能性が指摘されました。このように、環境中の化学物質が人の健康や生態系に望ましくない影響を及ぼす可能性のことを化学物質の環境リスクと言います。

図1 新規化学物質届出件数の推移化審法の施行状況(平成25年)[2]をもとに作成)
日本では、化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法)の中で、新たに製造・輸入する化学物質を届け出なければなりません。このグラフは平成23年まで暦年、平成24年以降は年度で集計されています。

化学物質の性質や法規制の情報を調べたい

化学物質データベース WebKis-Plus (国立環境研究所)
既存の化学物質データベースに、逐次データを追加整備しながら作られた化学物質データベース。化学物質の物性や毒性、法規制などの情報を得ることができます。

2.環境リスク評価の考え方

化学物質の環境リスクは、化学物質が人の健康や生態系に望ましくない影響を及ぼす性質「有害性」の強さと、人や生物が化学物質に接触する量「曝露量」の両方を調べて評価します。多くの物質の有害性は、「無毒性量」(毒性試験などにおいて有害影響が認められない曝露量の最大値)が1つのめやすとなります。曝露量が無毒性量より多くなると、人の健康や環境に望ましくない影響が現れる可能性があり、無毒性量が小さいほど有害性が強いと考えられます。発がん物質では、有害性を無毒性量で示すことができない場合もあります。このような場合には、単位量当たりの発がん率により有害性を評価します。

図2 リスクは有害性と曝露量の掛け算で表すことのできる概念である
有害性の強い化学物質でも曝露量が少なければリスクは小さく、逆に有害性の弱い化学物質でも曝露量が多くなるとリスクは大きくなります。

化学物質のリスク評価について知りたい

化学物質のリスク評価のためのガイドブック 入門編 (経済産業省)
化学物質のリスク評価について解説するガイドブック。リスク評価の基本的な考え方や実施の手順をわかりやすく解説しています。

3.バイオアッセイで環境リスクを評価する

2002年のヨハネスブルグサミット(WSSD)では、2020年までに「化学物質が人の健康と環境にもたらす著しい悪影響を最小化する」という目標が立てられました。日本でも、化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法)の中で、化学物質の環境リスク評価が求められています。2003年に改正された化審法で、環境中の生態系への影響に着目した審査・規制制度の導入が行われました。さらに2009年の改正では、新たな化学物質ばかりでなく、市場にあるすべての化学物質がリスクに応じて管理されるような仕組みが取り入れられました[3]

化学物質の曝露量を評価する方法として、計測機器などを用いた化学分析を用いることが多いですが、環境中の数多くの化学物質を1つ1つ分析するのは大変なことです。また、化学物質の中には、毒性の情報が十分に解明されていない物質も多いのです。

そこで、「バイオアッセイ」と呼ばれる方法が用いられます。バイオアッセイは、bio(生物)とassay(試験・評価)を組み合わせた造語で、化学物質に対する生物の反応をみることで、その化学物質が持つ有害性を評価します。OECD(経済協力開発機構)では、化学物質の評価を行うための試験方法をテストガイドラインとして作成し、国際基準の整備を進めています。

バイオアッセイの役割とは

化学物質環境リスク評価におけるバイオアッセイの役割 (国立環境研究所ニュース20巻6号)
身近な環境中に存在する有害化学物質の検知に貢献するバイオアッセイ法の環境リスク評価における役割を紹介しています。

OECDのテストガイドラインを知りたい

化学物質の生態影響試験について (環境省)
環境省がOECDの定めたテストガイドライン(英語)または化審法テストガイドラインに基づいて実施してきた試験の概要や取り組みを紹介しています。

4.発がん物質を探す

化学物質の中には、遺伝子を傷つける性質を持つものがあります。傷ついた遺伝子は修復酵素により修復されますが、正しく修復されずに突然変異を起こす場合もあります。突然変異を引き起こす化学物質を変異原物質と総称しています。突然変異は、がんの原因になることもあります。

サルモネラ菌を利用する

化学物質の発がん性は動物を使って調べられますが、すべての化学物質の発がん性を動物実験により調べることは、時間、設備、費用等の関係で事実上不可能です。そこで、まず、簡易試験法で発がん性の可能性を調べ、発がん性が疑われるものから優先的に動物を使った発がん実験を行っています[4]

変異原物質を検出する簡単な方法が、サルモネラ菌を利用する方法です。開発者の名前を取ってエームス試験と呼ばれる方法では、ヒスチジン(アミノ酸)がないと増殖できないタイプのサルモネラ菌が、突然変異が発生するとヒスチジンがなくても増殖できるようになるという細菌の性質の変化を調べます[5]。大阪府立公衆衛生研究所で開発されたumu試験では、遺伝子に傷がついたときに起こる反応(SOS反応)を利用して、遺伝子が傷ついた際に動き出す修復酵素活性を測定することで変異原物質を検出します[6]。エームス試験に比べ短時間で結果が得られ、操作も簡単なことが示されました[4]

図3 エームス試験とumu試験の比較
エームス試験(左;出典:国立環境研究所特別研究報告SR-76-2006[7])では突然変異が起きた後の細菌の性質の変化を調べますが、umu試験(右;化学品の簡易安全性評価法[6]を参考に作成)では遺伝子に傷がついたときに作られる修復酵素の活性を測定します。

遺伝子組み換え動物を利用する

魚類やほ乳類など動物の突然変異の仕組みは、単細胞の微生物であるサルモネラ菌と比べものにならないほど複雑です。そこで、国立環境研究所では、水環境中の変異原物質を検出するためのモデル動物として、遺伝子導入ゼブラフィッシュを開発しました。

ゼブラフィッシュはインド原産の熱帯魚で、ダニオの名で観賞魚としても知られています。開発したゼブラフィッシュには、突然変異を直接検出するための標的遺伝子(大腸菌のストレプトマイシン感受性遺伝子)が組み込まれています。ゼブラフィッシュで起きた突然変異は、ゼブラフィッシュから標的遺伝子を取り出し、大腸菌に入れることにより検出します。大腸菌はストレプトマイシン(抗生物質)が存在すると増殖できませんが、突然変異が起きると、ストレプトマイシンが存在しても増殖できるようになります[5]

図4 遺伝子導入動物による変異原試験法 (出典:国立環境研究所特別研究報告SR-76-2006[7]

遺伝子導入動物を用いて大気汚染物質による突然変異を検出する

環境儀No.56 「大気環境中の化学物質の健康リスク評価~実験研究を環境行政につなげる~」(国立環境研究所)
※2015年4月上旬に国立環境研究所のホームページに掲載予定です。
突然変異を検出する遺伝子導入動物の開発や遺伝子導入マウスを用いて大気汚染物質による突然変異を定量的に評価する研究など、大気中の化学物質の健康リスク評価に関する基礎研究と、基礎研究と環境行政とをつなげるために実施した調査・研究を紹介しています。

5.内分泌かく乱化学物質を探す

1960年代頃から、ペニスのきわめて小さな雄ワニや、卵巣に似た組織を持つ雄の魚など、これまでの医学、生物学では説明が困難な現象が見られるようになってきました。さまざまな検討の結果、一部の化学物質が、生物の体の中で複雑な機能調節のために重要な役割を果たしている内分泌の働きに影響を与え、障害や有害な影響を引き起こす作用をもつことが分かりました。これが内分泌かく乱化学物質(いわゆる環境ホルモン)です[8]

内分泌かく乱化学物質について知りたい

内分泌かく乱作用とは (環境省)
内分泌かく乱作用とはなにか? どんな影響があるのか? など、化学物質の内分泌かく乱作用について解説しています。

酵母を利用する

化学物質の内分泌かく乱作用を調べる方法の1つが、遺伝子組み換え酵母を利用する方法です。生物試験や培養細胞を用いる方法と違い、飼育管理や煩雑な操作がないため迅速で簡便な試験法と言えます[9]。代表的な例が、動物の女性ホルモン(エストロゲン)受容体の遺伝子が組み込まれた酵母を利用する方法です。

大阪大学の西川淳一らが開発した酵母ツーハイブリッド・アッセイ法は、酵母に組み込まれた受容体に内分泌かく乱化学物質が結合することで、ガラクトシダーゼというタンパク質が作られ、このタンパク質の量を測定することで、化学物質の内分泌かく乱作用を調べることができます。国立環境研究所では、酵母ツーハイブリッド・アッセイ法に改良を加え、タンパク質の量を鋭敏な化学発光法で測定するとともに、96ウェルプレート用自動分注希釈装置等を用いる機械化により、1回の測定が1日以内で完了し、かつ同時に多検体の測定ができる迅速で簡便なバイオアッセイ法[10]を構築しました[11]

図5 環境ホルモンを計測するための遺伝子導入酵母の模式図 (出典:環境儀No.44[12]
酵母ツーハイブリッド法で用いられる酵母の模式図です。この方法では、化学物質の内分泌かく乱作用により作られるガラクトシダーゼというタンパク質の量を測定することで結合力の度合いを調べます。

酵母アッセイについて知りたい

【環境問題基礎知識】 酵母アッセイで環境を測る -環境試料や化学物質からの受容体作用の検出- (国立環境研究所ニュース27巻5号)
化学物質による健康影響の研究や環境調査にも役に立てられる酵母アッセイの仕組み調査・研究について解説しています。

酵母アッセイを利用した河川の調査

川の汚染をバイオアッセイで調査する (国立環境研究所環境リスク研究センター)
全国の河川水に含まれる様々な化学物質の環境ホルモン作用を酵母アッセイにより調査した試みを紹介しています。

メダカを利用する

メダカは、ほ乳類と同様に性染色体の組み合せがXYのときにオス、XXのときにメスになります。d-rRと呼ばれる系統のメダカでは、Y染色体に体色を黄色にする遺伝子があるため、オスは必ず黄色、メスは必ず白色になります。一方、生殖器官の性分化や尻ひれの形に代表される形状はホルモンの作用によって変化を受けます。

農業環境技術研究所では、メダカを使って化学物質の内分泌かく乱作用を簡易に検出する方法を開発しました。この方法では、ふ化したばかりのメダカを化学物質に2週間曝露します。40日間飼育後に体色と尻ひれの形状等の観察を行うことで、オスからメスに性転換した個体を調査し、この性転換率により内分泌かく乱の程度を判定します[13]

国立環境研究所では、アメリカ環境保護庁と共同で、メダカを利用した多世代の影響を調べる試験法を開発しました。母親(父親)から曝露を開始して、その卵がまた母親(父親)になって、そこから産まれた卵がまた大人になるかを観察する、3世代にわたる試験です[14]

図6 女性ホルモン様物質によって性転換したメダカが2世代目を作るとどうなるか (出典:国立環境研究所公開シンポジウム2009発表スライド[15]
受精卵~胚の時期に3週間程度女性ホルモンに曝露されたメダカは、Y染色体を持っていますがメスとして成長します。このメスとオスが交尾すると、オスが増えてしまいます。さらに、Y染色体だけを持つスーパーオスの子供はオスばかりに。

メダカを利用したバイオアッセイについて知りたい

環境ホルモンとは/研究紹介;メダカを使って化学物質の内分泌かく乱作用を簡易に検出する (農業環境技術研究所)
農業環境技術研究所が開発したメダカによる検出方法を紹介しています。

YouTube 国立環境研究所動画チャンネル 「メダカ、ミジンコのオス・メスが化学物質で変わる!?」
国立環境研究所公開シンポジウム2009の講演を撮影・編集したビデオです。メダカやミジンコの性に注目した実験結果を紹介しています。講演の要旨スライドも公開しています。

6.バイオアッセイについてもっと知りたい方のために

国立環境研究所 環境リスク研究センター
化学物質の環境リスクの評価と政策・管理に関する調査・研究をしています。化学物質データベース「Webkis_plus」での化学物質情報の提供や、環境リスクの情報をわかりやすく解説する「りすく村 Meiのひろば」を提供しています。

環境儀No.38 「バイオアッセイによって環境をはかる-持続可能な生態系を目指して」(国立環境研究所)
化学物質の内分泌かく乱作用によるミジンコの性比かく乱を利用した試験法の開発や、排水中に含まれる化学物質の毒性を総合的に評価するバイオアッセイ法の研究に焦点をあてて紹介しています。

環境儀No.44 「試験管内生命で環境汚染を視る-環境毒性の in vitro バイオアッセイ」(国立環境研究所)
培養細胞や微生物を使った毒性試験「in vitro(インビトロ)バイオアッセイ」の構築と改良の歴史を紹介しています。

環境儀No.56 「大気環境中の化学物質の健康リスク評価~実験研究を環境行政につなげる~」(国立環境研究所)
※2015年4月上旬に国立環境研究所のホームページに掲載予定です。
突然変異を検出する遺伝子導入動物の開発や遺伝子導入マウスを用いて大気汚染物質による突然変異を定量的に評価する研究など、大気中の化学物質の健康リスク評価に関する基礎研究と、基礎研究と環境行政とをつなげるために実施した調査・研究を紹介しています。

参考文献

[1] American Chemical Society. "CAS REGISTRY - The gold standard for chemical substance information". http://www.cas.org/content/chemical-substances, (accessed 2015-03-19).

[2] 経済産業省製造産業局. 化審法の施行状況(平成25年度). 2014, http://www.meti.go.jp/policy/chemical_management/kasinhou/files/information/sekou/sekou_h25.pdf, (参照 2015-01-15).

[3] 国立環境研究所編集委員会編. 化学物質の2020年目標の達成に向けた世界の挑戦. 環境儀. 2013, No.47, p.12-13. http://www.nies.go.jp/kanko/kankyogi/47/12-13.html, (参照 2015-01-13).

[4] 中村清一, 小田美光. 発がん物質を探す-発がん物質短期検出試験法の開発-. 公衛研ニュース. 2000, No.9, p.3-4. http://www.iph.pref.osaka.jp/news/vol9/news9.pdf, (参照 2014-12-18).

[5] 青木康展. 環境中の化学物質と健康. 裳華房. 2006. 168p., (ポピュラー・サイエンス, 277).

[6] 太田美佳, 中村洋介, 北本幸子, 森本隆史. 化学品の簡易安全性評価法. 住友化学 技術誌. 2005. II. p.50-58. http://www.sumitomo-chem.co.jp/rd/report/theses/docs/20050205_sws.pdf, (参照 2014-12-11).

[7] 国立環境研究所編集委員会編. 化学物質環境リスクに関する調査・研究(終了報告)平成13~17年度. 2006. 63p., (国立環境研究所特別研究報告, SR-76-2006). http://www.nies.go.jp/kanko/tokubetu/pdf/sr76.pdf, (参照 2015-01-13).

[8] 国立環境研究所編集委員会編. コラム「環境ホルモンとダイオキシン」その(2). 環境儀. 2001, No.1, p.14. http://www.nies.go.jp/kanko/kankyogi/01/14.html, (参照 2015-01-13).

[9] 鎌田亮. 酵母アッセイで環境を測る-環境試料や化学物質からの受容体作用の検出-. 国環研ニュース. 2008, 27巻, 5号, p.8-9. http://www.nies.go.jp/kanko/news/27/27-5/27-5-04.html, (参照 2015-01-13).

[10] 白石不二雄, 白石寛明, 西川淳一, 西原力, 森田昌敏. 酵母Two-Hybrid Systemによる簡便なエストロゲンアッセイ系の開発. 環境化学. 2000, Vol.10, No.10, p.57-64. http://dx.doi.org/10.5985/jec.10.57, (参照 2015-01-16).

[11] 国立環境研究所編集委員会編, 環境汚染と in vitro バイオアッセイの構築の遍歴. 環境儀. 2012, No.44, p.10-11. http://www.nies.go.jp/kanko/kankyogi/44/10-11.html, (参照 2015-01-15).

[12] 国立環境研究所編集委員会編, 研究者に聞く!!. 環境儀. 2012, No.44, p.4-9. http://www.nies.go.jp/kanko/kankyogi/44/04-09.html, (参照 2015-01-15).

[13] 農業環境技術研究所. 環境ホルモンとは. 環境化学トピックス(2005). http://www.niaes.affrc.go.jp/topics/envchemi/edc.html, (参照 2015-01-13).

[14] 国立環境研究所編集委員会編. 研究者に聞く!!. 環境儀. 2010, No.38, p.4-9. http://www.nies.go.jp/kanko/kankyogi/38/04-09.html, (参照 2015-01-19).

[15] 鑪迫典久. メダカ、ミジンコのオス・メスが化学物質で変わる!?-見えにくい生態リスク-. 国立環境研究所公開シンポジウム2009発表スライド. http://www.nies.go.jp/event/sympo/2009/image/slide_2.pdf, (参照 2015-01-19).

(2015年3月現在)