北九州市立自然史・歴史博物館(いのちのたび博物館)と長崎大学らの研究グループは、希少な海鳥「ヒメクロウミツバメ」の非繁殖期の渡り経路を追跡し、東西約1万3千kmにおよぶ移動の実態を初めて明らかにした。同種は環境省レッドリストで絶滅危惧Ⅱ類に指定され、日本で繁殖が確認される地点は6か所のみである。沖合を飛行するため人の目に付きにくく、これまでは非繁殖期にどこで過ごしているのか未解明であり、保全上の空白が指摘されていた(掲載誌:Bird Conservation International)。
ヒメクロウミツバメは福岡県宗像市沖の玄界灘に位置する「小屋島」で繁殖する。研究グループは2022年夏、同島で10個体にジオロケーター(約0.5g)を装着し。翌年、4個体の回収に成功した。移動データを解析した結果、秋の渡りでは、小屋島から東南アジアのスンダ列島へ南下した後、西〜北西に進み、インド洋のアラビア海に到達することが判明した。一方、春の渡りでは、アラビア海から東〜南東へ進み、マラッカ海峡やスンダ海峡を抜け、フィリピンや南西諸島近海を経て小屋島に戻ることが分かった。総移動距離は13,000 km以上に及び、最大で16,500 kmを超える個体も確認された。越冬期はアラビア海を広域に利用し、利用海域は個体ごとに異なり、インド沿岸やアラビア半島沿岸に生息する個体も確認された。
今回の成果は、東アジアで繁殖する海鳥で大規模な東西移動を伴う渡りが確認された初めての事例である。
他の海鳥では、北西太平洋とインド洋にまたがる移動追跡例は報告されていない。今回の研究で、ヒメクロウミツバメにおける新たな季節移動パターンが確認された。研究グループは、冬季のアラビア海で生じるプランクトンの大増殖が食物連鎖を介して生存や繁殖パフォーマンスに影響する可能性を指摘している。
この知見は、同種の生活史全体を考慮した保全の重要性を示したものである。なお、小屋島は世界遺産「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」の構成資産であり、調査は環境省九州地方環境事務所、福岡県、宗像市、宗像大社の協力の下で実施された。担当学芸員は「本研究が生態解明や保全の一助となることを願う」と述べている。