東北大学大学院工学研究科の小川氏と石川教授らは、英仏の研究者と共に、カイメンの「襟細胞室(えりさいぼうしつ)」の役割を解明した。──カイメンは最古の多細胞動物と考えられており、進化生物学や発生生物学の分野で注目されている。現存するカイメンは固着性の水生生物で、大量の水を吸い込み、濾過することで栄養を摂取している。あたかもポンプのような機能を担っているのが襟細胞室と呼ばれる球形の構造である。襟細胞室はカイメンの体内に多数存在し、各室の内壁には鞭毛を持つ襟細胞が並んでおり、鞭毛の運動によって水が流れ、栄養分を取り込む仕組みとなっている。襟細胞室は球形を成しており、流体力学的に効率的なポンプ機能を持ち、カイメンの生存戦略において重要な役割を果たしていることが、最近の研究で明らかになってきた。──今回、小川氏らは、生きたカイメンを用いた観察実験を行うとともに、襟細胞室の3次元計算モデルを開発して球殻の内側で中心に向かって波打つ鞭毛が作り出す流れをシミュレーションした。その結果、襟細胞室は球形の高効率ポンプであることが明らかになり、出口の大きさや鞭毛の波の数がポンプ機能を最大化する値と一致することが分かった。さらに、カイメンは水を流すシステムを複雑化するような進化をしてきたが、水路が複雑になると水を流す際の抵抗が大きくなる。襟細胞室を球形状にすることで高い圧力を生み出し、水路の抵抗に打ち勝っていることが示唆された。これらの結果は、カイメンが進化の過程で体を複雑化する際に球形のポンプが重要な役割を果たしてきたことを示している。──本成果は、マイクロチップ分野での応用が期待される人工繊毛ポンプの設計に新たな知見を提供するものとなった。現在、人工繊毛ポンプの研究は平板のようなフラットな形状での検討が主流だが、襟細胞室のような球形のポンプが高効率であることが示されたことで、ポンプの設計に新たな視点をもたらすことになるだろう。緩やかな層流(低レイノルズ数)環境下における省エネポンプへの応用などが期待される(掲載誌:Proceedings of the National Academy of Sciences)。