「イワナがあくびをする」と聞いて驚く人は多いだろう。渓流釣りの達人でさえ、その瞬間を目撃することは稀であり、科学的にも長らく見過ごされてきた。しかし今回、北海道大学の研究チームが、イワナの稚魚における「あくびの長さ」が生息地によって異なることを、世界で初めて実証したのだ。
研究を主導したのは、北海道大学大学院水産科学院の長坂氏、和田教授、そして三重大学在学中からイワナのあくびに着目していた山田氏(現・日本学術振興会特別研究員)である。彼らは北海道南部の4地域から採集したイワナ稚魚134個体を対象に、1匹ずつ9分間の行動を録画し、あくびの発生頻度と持続時間を解析した。その結果、あくびの頻度には地域差が見られなかったものの、持続時間には明確な差が確認された。これは、あくびが単なる生理現象ではなく、地域ごとの環境条件に応じて進化的に変化している可能性を示している。
あくびは脊椎動物に広く見られる行動であり、種間での違いは知られていたが、同一種内での地域差(集団間変異)を示した研究はこれまで存在しなかった。特に恒温動物では、あくびが血流促進や脳の冷却といった生理的機能に関与することが知られており、今回の発見は魚類を含む動物界全体のあくびの理解に一石を投じる成果といえる。今後はヒトを含む他の動物種でも、あくびの地域差やその意義を探る研究が進むことが期待される(掲載誌:Journal of Ethology)。
あくび──それは眠気の象徴ではなく、環境適応の痕跡かもしれない。