山口大学大学院創成科学研究科の吉田航助教らの研究グループは、海水などの高濃度塩水中に含まれている微量ヨウ化物イオン(I⁻)のみを選択回収できる新材料「CTAC/MnO₂薄膜(以下『薄膜』)」を開発した。研究グループは、薄膜の内部に形成される層状空間と有機カチオン(CTAC)が鍵となる選択機構を解明し、吸着後は電圧印加で脱離・再生できるため、繰り返し使用できることを実証した(掲載誌:Langmuir)。
日本は世界有数のヨウ素生産国である。ヨウ素をめぐっては、医療・エレクトロニクス・ペロブスカイト型太陽電池材料の需要増を背景に、資源の安定供給と環境負荷低減の両立が求められている。海水中のI⁻濃度は約0.1 mg/Lと極めて低く、塩化物イオン(Cl⁻)や硫酸イオン(SO₄²⁻)が競合するため。これまではその選択的回収が難題であった。
従来のヨウ素回収法(凝集沈殿法)は処理速度に優れる一方、薬品投入と廃液処理が不可避であるため、連続運転に制約があり、環境負荷も懸念されていた。他のヨウ素回収法(イオン交換法)も装置は簡便だが、選択性が静電相互作用に依存し、高濃度陰イオンの共存下では目的成分の吸着率が低下しがちで、再生処理に薬品を要する場合が多かった。
今回の薄膜は積層MnO₂の層間にCTACを分子レベルで整列させ、疎水性ナノ空間を構築することでI⁻との親和性を高め、6000倍のCl⁻共存条件でも選択的吸着を維持できるという。吸着等温線はLangmuir型に適合した。Langmuir型とは、吸着が単分子層で進行し、すべての吸着サイトが等価かつ独立であると仮定する普遍的なモデルである。また、MnO₂質量基準で飽和吸着容量211 mg/gを示すことも確認された。さらに、吸着後に+0.35 VでI⁻が水中へ脱離し、+1.0 Vで薄膜が再生して再吸着が可能であった。X線光電子分光(XPS)により、Mnの価数変化を伴わず、MnO₂層間のCl⁻と溶液中I⁻のイオン交換で吸着が進行する機構を確認した。
人工海水条件では、溶媒抽出(D2EHPA)でCa²⁺を選択除去し、pH変化を利用してHCO₃⁻を除去する前処理を組み合わせることで良好なI⁻選択吸着を示した。研究グループは、「天然海水を用いたスケールアップ検証と、実運転条件下での処理性能・耐久性評価を進める」と述べており、本成果が「ペロブスカイト型太陽電池の材料サプライチェーン強化や国産ヨウ素の資源循環に資する技術選択肢」になると強調している。