理化学研究所数理創造研究センターの入谷上級研究員と、京都大学大学院農学研究科の辰巳准教授を中心とする国際共同研究グループは、空間的な生物多様性の確率分布を推定するための新たな理論を構築した。生物多様性の地域間の違いを示す「ベータ多様性」に着目し、従来の理論では仮定されていた「すべての地域・種で同一の生息確率」という前提を取り払った一般化理論を提示した。
本研究では、生物の在・不在をファジー集合理論に基づく確率で表現し、ジャカール非類似度指数の期待値と分散を数学的に導出。理論物理で用いられる「Schwinger trick」や「Schur凸性」などの手法を応用し、ベータ多様性の変動要因を定量的に解析した。さらに、複雑な生息確率の可視化手法として「Stochastic Incidence Plot(SIP)」を提案し、地域間の生物相の違いを直感的に把握できるようにした。
解析の結果、すべての種が等しい生息確率を持つ場合にベータ多様性が最大化されること、また地域ごとに異なる生息傾向を持つ種が多いほどベータ多様性が高まることが示された。これらの知見は、環境変動や外来種の影響による生物相の均質化(biotic homogenization)への対策に資するものである。
入谷上級研究員は、「数理的解析の結果を生物学的に理解して定量化できるかどうかも重要であり、本研究では図示や解析法の着想に時間を要した。分野の垣根にとらわれず、数学・物理・社会科学の概念を活用できたことを嬉しく思う」と述べている(掲載誌:Ecography)。