愛媛大学沿岸環境科学研究センターを中心とする研究グループは、妊娠中にビスフェノールAを投与した雌ラット(以下「母ラット」)と生まれた仔ラットの曝露影響の差を高い精度で判別することに成功した。「ビスフェノールA(以下『BPA』)」はポリカーボネートやエポキシ樹脂の原料となる化学物質。2000年代に内分泌かく乱作用が指摘され、いわゆる環境ホルモンとして注目を浴びた物質のひとつでもある。日本では化審法や食品衛生法などの規制対象物質になっている。環境中の濃度や生態毒性への理解が深まりつつあり、胎盤や母乳を介して親から子(仔)に移行するといったヒトの健康に関する知見も得られている。同大学の研究グループはこれまでに、BPA曝露が性・年齢依存的に仔ラットの体重や肝臓遺伝子発現量(トランスクリプトーム)や脂質組成(リピドーム)に影響を与えることを明らかにするとともに、バイオマーカー探索のためのデータ統合解析ツール(DIABLO: Data Integration Analysis for Biomarker discovery using Latent components)の有用性などを検証してきた(e.g. Nguyen et al., 2020, 2021)。本研究では、妊娠中の BPA 曝露が母ラットに及ぼす影響を調べるために、産後 23 日目(新生仔離乳後)の母ラットの肝臓のトランスクリプトームとリピドームの変化を調べ、その影響を仔ラットの影響と比較している。母ラットへの影響を解析した結果、妊娠中のBPA曝露は母獣の概日リズム・免疫反応・インスリン耐性に影響を及ぼしているものの、それらの影響はマルチオミクスレベル(トランスクリプトーム・リピドーム)では母ラットよりも仔ラットのほうがより顕著であることを報告している。さらに、母ラットと仔ラットのデータをまとめてDIABLOで解析した結果、母仔2世代にわたるBPA曝露の影響の違いを高精度に判別できると述べている。