東京大学大気海洋研究所、北海道大学および国立極地研究所の合同研究チームは、晩夏の北極海で起きている海氷の融解・結氷メカニズムを解明した。北極海の中央海盆域で生成された厚さ数 mの海氷は、海流に乗って徐々に南下し、1~3年ほどの間に融けていく。北極点近くの海域は1年をとおして氷に覆われているが、周辺海域の海氷面積は季節によって変動する(夏に最小・冬に最大)。長期的に見ると、海氷(域)面積そのものは減少傾向にあり、ベーリング海峡から流入する海水温の上昇や、海氷の融解を加速する気候プロセス(例:Ice-albedo feedback)の影響が指摘されている。同チームは、アルフレッド・ウェゲナー極地海洋研究所(AWI)が主導する国際共同観測プロジェクト(MOSAiC: Multidisciplinary drifting Observatory for the Study of Arctic Climate expedition)の一翼を担っている。MOSAiCには17カ国の約600人の研究者が参加しており、海氷・メルトポンド(融け水が貯まった池)・リード(海面が露出した場所)が分布する広大なエリアを対象とするさまざまな観測が行われた。本研究は、MOSAiC・海氷チームの一員と実施した、北極点の周辺海域における海氷変動の実態調査に基づくもの。海氷面積が観測史上(1975年~)2番目の最小値を記録した2020 年 8 月下旬から 9 月下旬に、同チームは海氷-海洋境界層(IOBL: ice–ocean boundary layer)を徹底調査する機会に恵まれた。定常的な流れや微細な乱流などを把握するとともに、温度センサーを多点配置して氷中の熱伝導率を計測し、漂流している比較的大きな海氷にGPS発信装置を取り付けることで海氷の移動速度なども測定している。各測定項目を相互比較した結果、IOBLをめぐる2つの事実が明らかになった。1つ目は、夏に海氷が移動するスピードは著しく速いという点である。これは、MOSAiCのモデルとなった漂流観測「ナンセンのフラム号遠征(1893 ~1896年)」で報告されている「風」の駆動力を背景としており、今回新たに、海氷の移動に伴って直下の海流がかき乱され、「乱流」が生じ、熱のやりとりが行われていることが確認された。2つ目は、海氷の融け水によって海水の塩分濃度が著しく低下し、結氷温度の上昇すなわち、より高い温度で海氷が形成・成長するという点である。本研究では、これらの物理特性(海氷・海流等の運動、熱の動き、塩分の輸送)を総合的に評価し、現在の北極海は以前よりも“夏に海氷が融けやすく、秋以降に結氷しやすい”状態にあるという結論を導いている。こうしたメカニズムの存在を踏まえ、既に、主な要因である「海氷の移動速度」と「海水の塩分濃度」の詳細を調べる漂流ブイ型装置を開発しているという。北極海の海氷は南極の氷床ほどのボリュームはないが、地球規模の海洋大循環に変化をもたらす。北極海の海氷変動の全容解明、ひいては日本独自の高精度な気象・海氷シミュレーションシステムの開発に向けたデータの蓄積等に注力する、と展望を述べている。