国立極地研究所の渡辺准教授(現総合研究大学院大学 教授)を中心とする研究グループは、極域でサメ・エイ類の多様性が乏しい理由を生理学・生物地理学的な視点から解き明かした。南極や北極の海には多様な魚類が生息しているが、軟骨魚類(サメ、エイ類)は硬骨魚類(サケ科魚類など)に比べて少ない。この観測事実は両者の低温への適応度合いが異なることを示唆している。しかし、この点に関し、硬骨魚類を対象とする調査は幾分進んでいるものの、軟骨魚類を含む魚類全体を深掘りした研究はなされていなかった。本研究では、2つの仮説(①低温環境に生息する硬骨魚類は代謝速度に関して低温に適応しており、同じ環境に生息する軟骨魚類に比べて高い代謝速度を示す。②そうした違いはグローバルスケールの種の多様性のパターンと繋がっている。)を立て、軟骨魚類・硬骨魚類の種多様性パターンの特定に迫っている。①の検証に向けて、先ず、両グループの安静時の代謝速度データ(文献データ、単位:mgO2/h)を集め、種間の温度依存性を比較した(硬骨魚類:100種、軟骨魚類:34種)。その結果、両グループともに、温度が下がるほど代謝速度は下がるが、硬骨魚類は軟骨魚類よりも温度依存性が低く、低温環境下で軟骨魚類よりも高い代謝速度を示すことが分かった。また、硬骨魚類は種間の温度依存性が種内の温度依存性に比べて弱いことなど、新たな知見を得ることができた。これらの結果は、硬骨魚類は温度の影響を和らげる進化を遂げてきたが、軟骨魚類は低温への適応度合いが相対的に低いことを物語っている。さらに魚類の多様性や分布に関する公開データを分析したところ、硬骨魚類と軟骨魚類の種多様性パターンは大きく異なることも判明した。この種多様性パターンから、軟骨魚類の種数が高緯度海域、とりわけ南極付近で少ないことが読み取れた。そうした傾向は、硬骨魚類の種数との比に置き換えることでより鮮明なものとなる。仮説①と②を支持する結果は得られたが、今回の種多様性パターンには南極と北極の差異をはじめ、多くの疑問や謎が残されている。さらなる理解深化を図るため、背後にあるメカニズムの解明に注力する必要がある、と今後の展開を述べている(掲載誌:Nature Communications)。