千葉大学大学院理学研究院・山梨大学総合分析実験センター・東京科学大学生命理工学院の共同研究グループは、グリーンランド氷床表面の小規模水たまり「クリオコナイトホール(以下『ホール』)」を測線調査し、その物理形態(特に深さと安定性)が内部の微生物群集構造と有機炭素蓄積を支配することを明らかにした。氷床上の暗色沈殿物(クリオコナイト)は太陽光を吸収して融解を促進するため、氷床ダイナミクスと微生物生態系の結合はアルベド低下や炭素循環に直結する。今回の成果は、極域の炭素循環モデルや氷床融解速度の予測改善に不可欠な構造的因子を提示するものである(掲載誌:Communications Earth & Environment)。
既往研究では、氷床表面の雪氷藻類やシアノバクテリアが着色と光吸収を通じて融解に関与すること、ホールが生物活動のホットスポットであることが知られていた。しかし、氷床の地形変化(クレバス発達など)というマクロなダイナミクスが、ミクロなホール内群集の組成と炭素蓄積の平衡状態にどう作用するかは不明点が多かった。本研究は、氷河辺縁から中央へ連続的に形態と群集構造を評価し、地形・水理攪乱・光環境の違いが群集の優占化と炭素蓄積の差を生む過程を統合的に整理した。
本調査では、氷河(イサングアータ氷河)における測線上でのホール形態分類と群集組成の顕微・分子学的解析、ならびに炭素含有量の定量を行った。その結果、ホールの形態は「浅い不安定型」(深さ5~15cm、攪乱頻発、雪氷藻類優占)と「深い安定型」(深さ20~30cm、長期安定、糸状シアノバクテリア優占)の二類型に大別され、それぞれが群集と炭素蓄積を規定する枠組みとして機能していることが分かった。深い安定型では高い光合成活性が維持され有機炭素が効率生産・蓄積される一方、浅い不安定型では流出によって有機物が散逸し炭素含有量が低く変動しやすい。温暖化に伴うクレバス帯の拡大が起これば、平衡状態が「深い安定型」から「浅い不安定型」へと面積的にシフトし、表面アルベドと融解速度、極域炭素循環の推定に新たな不確実性をもたらすと考えられた。
研究グループは、この知見が気候モデルへの統合や、全球凍結期・氷天体探査への展開に寄与すると期待している。本研究は日本学術振興会科学研究費補助金(26247078, 19H01143, 24H00260, 25K22868)、北極域研究加速プロジェクト(ArCS II)、総合地球環境学研究所・同位体環境学共同研究事業の支援を受けて実施された。